母
ああ、良かった......
そう思った途端、あたしは一気に身体全体の力が抜けて目の前が真っ白になってしまう。
その直後に、あたしの心と身体は糸が切れたかのように、スリープ状態へと誘われていったのでした。
ダラン......
「ひ、向日葵、大丈夫か?!」
「......」
実を言っちゃうと、この後の記憶が全く残って無かった。きっと体力も精神力も、そこで果てちゃったんだと思う。
今思い返すと、これで2度と目を覚まさなかったらどんなに良かったか......
この後に起こったことを知らずに死ねたら、どんなに良かったか......
この時程、神様を恨んだことは無かったかと思う。
※ ※ ※ ※ ※ ※
その後、時刻は21時30分。
表の参道へと向日葵を連れて何とか移動を成し遂げた俺、悠真は......
「だ、誰か救急車呼んでくれ!」
参道を駆け降りて行く人達に向かって、そんな大声を張り上げてた。
「ちょっとそこどいて! 邪魔よ!」
でもそんな俺のヘルプに反応を見せてくれる奴なんか、誰も居やしなかった。きっと自分とその身内の避難で精一杯なんだろう。
一方、本堂の裏で立ち上がった火の手は強風に乗って、今や本堂全てに広がっちまってる。そんな調子な訳だから、この参道まで火の手が回って来るのも時間の問題だ。
救急車を呼ぶのも大事だけど、まずは安全な場所まで避難することが先決。そう判断した俺は、逃げ降りて行く人達の波に乗って参道を進み始めた訳だ。
その時のこと!
「あ、あなたは河村くん! せ、背中に負ぶってるのは......ま、まさか......向日葵? 向日葵なの?!」
見ればそこには、50才そこそこの中年女性が。俺の行く手を阻むかのように立ちはだかってる。その姿を見て、直ぐに俺は察した。
向日葵のお母さんだ!
「ひ、向日葵のお母さんですね。見ての通り、向日葵は大きな火傷を負ってます。直ぐにでも向日葵を病院に送らないといけません。ことの詳細は後でゆっくり話します。なのでまずは俺に手を貸して下さい!」
「大火傷って......そ、その顔は一体? な、なんてこと?! こ、この子は女の子なのよ! おお、神様......」
髪の毛は大半が焼け落ちて、爛れた皮膚があちこちで見え隠れしてる。更に顔の約半分が真っ赤になって、水脹れ状態だ。
きっとお母さんは、一瞬目を疑ったに違いない。まさか自分の愛娘がこんなことになってる何て、夢にも思って無かっただろうからな。
それが現実であることを頭で理解した途端、お母さんは向日葵の弱りきったその身体を抱きしめて、止め処の無い涙を流し始めてしまった。
俺が付いていながら、こんなことになっちまって......
そんな風に思った途端、居た堪れない気持ちが頭の中で濁流を起こし始める。理性って名の防波堤が、今にも決壊を起こしそうだ。
もう見てられん!
せめて土下座でもして謝りたかったけど、今は1分1秒を争う火急の事態。お母さんと手を取り合って、一刻も早く向日葵を病院へ運ばなきゃならない。
俺を煮るなり焼くなりするのは、その後にして欲しい。
「お母さん、気持ちはよく分かります。でも今は向日葵を病院に連れてくことが先決です。さぁ、手を貸して下さい!」
ところがここで、俺は更なる事件が勃発してることを、思い知らされてしまう。
「わ、分かったわ......確かにそうね。ここじゃ救急車も入って来れないでしょうから、早く向日葵を外へ連れ出しましょう。
それはそうと......さっきから賢也の姿が見えないの! あの子一体どうしちゃったのかしら?!」
向日葵のお母さんから、そんな不吉な話を聞いちまった正にその時のこと。なんと、突然目の前に姿を現したのは、
「「メェ、メェ!」」
そんな鳴き声を轟ろかせる2匹の草食動物だった。
「リリー、ゴロー?! おい、賢也は......賢也は一緒じゃ無かったのか?!」
「一緒じゃ無いのかって......そ、それどう言う意味なの?!」
見ればお母さんの顔から、見る見るうちに血の気が引いてる。




