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【完結済】天国と地獄  作者: 吉田真一
第3章 向日葵の秋祭り
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賢也と2匹

「犯人は向日葵よ! 向日葵があたしの松明を奪い取って本堂に投げたの! みんな見たでしょう?!」


「確かに見たぞ! こいつは放火魔だ!」


「俺も見た。向日葵は放火魔だ!」


「「「放火魔だ!」」」


 気付けば......


 牛歩にも近いあたし達を追い抜きながら、逃げ行く全ての人が、そんなシュプレヒコールを上げてるじゃない!


「悠真さん、あたしが放火魔って......それどう言うことなのよ?!」


「いいから気にするな。勝手に言わせとけばいい。とにかく早く逃げないと、俺達まで火に包まれちまうぞ。本堂の脇のプロパンボンベに引火したら大爆発だ。今は何も考えるな。とにかく歩け! 一生懸命足を動かせ!」


「わ、分かった......」


 そんな話を聞かされて、漸くあたしの脳は正常に機能を働かせ始めたらしい。


 ふと我に返れば、頭と顔の皮膚が焼けるように痛くて堪らない。それはもう、今までに体験したことも無いような耐え難い痛みだった。


 あたし、今どうなっちゃってるの? 


 何て聞きたかったりもしたけど、怖くてそんなこと聞けなかったし、痛い所を手で触れることすら躊躇しちゃってる始末。


 一方、辺りを見渡して見れば、もう全ての視界が火の海。至る所で立ち上がる火柱は強風に煽られて、まるで火龍のように空を飛び回ってる。



「か、火事だ!」


「に、逃げろ!」


「誰か消防署に連絡したのか?!」


 バチバチと燃え盛る炎の裏で、そんな叫び声が合唱のように聞こえて来るんだから、きっと本堂の表側じゃ大変なパニックが巻き起こってるんだろう。


 そんな激しい炎が空間を埋め尽くす地獄絵図の中、まだ残ってるのはあたしと悠真くんだけかと思いきや......


「ね、姉ちゃん! 悠真くん!」


 なんと、もう1人残ってた。それが誰かなんて、声を聞いただけで直ぐに分かってしまった。


「け、賢也!」


「ま、まだ居たのか?!」


 黒煙が立ち込めてたから、姿ははっきりと見えなかった。そんな煙幕の出現が、せめてもの救いだったのかも知れない。だって......こんなあたしの顔を、見られないで済んだんだから。



「2人共、早く逃げないと丸焦げになっちゃうよ!」


 きっとそんな煙幕も、賢也の若い目にはスケルトンだったんじゃ無いかな......気付けば、悠真さんと一緒にあたしの身体を支えてくれてる。


「賢也、あたしのことはいいから、あなたは先に逃げて......悠真くんが居るからあたしは大丈夫」


 メェ、メェ......


 メェ、メェ......


「ほら賢也、リリーとゴローがどうしていいか分かんなくてオロオロしてるぞ。君が2匹を連れて早く火の外に出してやってくれ。今2匹の命を救えるのは君だけだ」


「でも......」


 そんなことを突然言われた賢也は、困った顔して下からちょこんとあたしの顔を見上げてる。きっとあたしの命を、自分と同じかそれ以上大事に思ってくれてるんだろう。


 確かにその気持ちは、涙が出る程に嬉しい。でもこんなあたしの為に、未来有る若き命を危険に晒す訳にはいかない。


 なんせあたしの足は、ちょっとづつでしか動かないんだから......



「賢也、早く連れてって......あの2匹を死なせたら......あたしが許さないから」


 正直、今のあたしの精神力ではそこまで言うのが精一杯。無理矢理怒ったような表情を作っただけで、顔の皮膚が千切れるような痛みに襲われてしまう。


 でも絶対に辛い表情を見せなかった。だって辛いのが分かっちゃったら、賢也はあたしの側から離れないだろうから。


「分かった......悠真くん、姉ちゃんのこと頼んだよ。僕は姉ちゃんが大好き。悠真くんが優しい人だから、僕は姉ちゃんを君にあげたんだからね。じゃあ......僕は先に行くよ」


「賢也......」


「ああ、任せとけ」


「よし、リリー! ゴロー! 僕に付いてきて!」


「メェ!」


「メェ!」


 やがて、スタスタスタ......


 賢也はあたし達の心を全て読み通してたかのように、2匹を引き連れて鮮やかに立ち去ってくれた。



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