賢也と2匹
「犯人は向日葵よ! 向日葵があたしの松明を奪い取って本堂に投げたの! みんな見たでしょう?!」
「確かに見たぞ! こいつは放火魔だ!」
「俺も見た。向日葵は放火魔だ!」
「「「放火魔だ!」」」
気付けば......
牛歩にも近いあたし達を追い抜きながら、逃げ行く全ての人が、そんなシュプレヒコールを上げてるじゃない!
「悠真さん、あたしが放火魔って......それどう言うことなのよ?!」
「いいから気にするな。勝手に言わせとけばいい。とにかく早く逃げないと、俺達まで火に包まれちまうぞ。本堂の脇のプロパンボンベに引火したら大爆発だ。今は何も考えるな。とにかく歩け! 一生懸命足を動かせ!」
「わ、分かった......」
そんな話を聞かされて、漸くあたしの脳は正常に機能を働かせ始めたらしい。
ふと我に返れば、頭と顔の皮膚が焼けるように痛くて堪らない。それはもう、今までに体験したことも無いような耐え難い痛みだった。
あたし、今どうなっちゃってるの?
何て聞きたかったりもしたけど、怖くてそんなこと聞けなかったし、痛い所を手で触れることすら躊躇しちゃってる始末。
一方、辺りを見渡して見れば、もう全ての視界が火の海。至る所で立ち上がる火柱は強風に煽られて、まるで火龍のように空を飛び回ってる。
「か、火事だ!」
「に、逃げろ!」
「誰か消防署に連絡したのか?!」
バチバチと燃え盛る炎の裏で、そんな叫び声が合唱のように聞こえて来るんだから、きっと本堂の表側じゃ大変なパニックが巻き起こってるんだろう。
そんな激しい炎が空間を埋め尽くす地獄絵図の中、まだ残ってるのはあたしと悠真くんだけかと思いきや......
「ね、姉ちゃん! 悠真くん!」
なんと、もう1人残ってた。それが誰かなんて、声を聞いただけで直ぐに分かってしまった。
「け、賢也!」
「ま、まだ居たのか?!」
黒煙が立ち込めてたから、姿ははっきりと見えなかった。そんな煙幕の出現が、せめてもの救いだったのかも知れない。だって......こんなあたしの顔を、見られないで済んだんだから。
「2人共、早く逃げないと丸焦げになっちゃうよ!」
きっとそんな煙幕も、賢也の若い目にはスケルトンだったんじゃ無いかな......気付けば、悠真さんと一緒にあたしの身体を支えてくれてる。
「賢也、あたしのことはいいから、あなたは先に逃げて......悠真くんが居るからあたしは大丈夫」
メェ、メェ......
メェ、メェ......
「ほら賢也、リリーとゴローがどうしていいか分かんなくてオロオロしてるぞ。君が2匹を連れて早く火の外に出してやってくれ。今2匹の命を救えるのは君だけだ」
「でも......」
そんなことを突然言われた賢也は、困った顔して下からちょこんとあたしの顔を見上げてる。きっとあたしの命を、自分と同じかそれ以上大事に思ってくれてるんだろう。
確かにその気持ちは、涙が出る程に嬉しい。でもこんなあたしの為に、未来有る若き命を危険に晒す訳にはいかない。
なんせあたしの足は、ちょっとづつでしか動かないんだから......
「賢也、早く連れてって......あの2匹を死なせたら......あたしが許さないから」
正直、今のあたしの精神力ではそこまで言うのが精一杯。無理矢理怒ったような表情を作っただけで、顔の皮膚が千切れるような痛みに襲われてしまう。
でも絶対に辛い表情を見せなかった。だって辛いのが分かっちゃったら、賢也はあたしの側から離れないだろうから。
「分かった......悠真くん、姉ちゃんのこと頼んだよ。僕は姉ちゃんが大好き。悠真くんが優しい人だから、僕は姉ちゃんを君にあげたんだからね。じゃあ......僕は先に行くよ」
「賢也......」
「ああ、任せとけ」
「よし、リリー! ゴロー! 僕に付いてきて!」
「メェ!」
「メェ!」
やがて、スタスタスタ......
賢也はあたし達の心を全て読み通してたかのように、2匹を引き連れて鮮やかに立ち去ってくれた。




