破滅への序章
もうこの時点で、佳奈子の目に涙は無かった。顔を紅潮させ、目が完全に吊り上がってる。遂に化けの皮が剥がれたってことだわな。
きっと全てのフィルターを取り外して、頭に浮かんだ言葉を100%そのまま口に出してるんだろう。まぁ良くも悪くも、いつもの佳奈子に戻ったってことだ。
「お前も一度リリーとゴローの糞処理をしてみろ。そうすりゃあ自分の欠けてる所が分かると思うぜ。じゃあ俺は先を急ぐ。失敬」
正直これ以上佳奈子と議論を続けたところで時間の無駄だ。一方的に話を切り上げてしまった。
時刻は既に7時半を回ってる。
こんな所でうだうだやってたら、秋祭りが終わっちまう! なのでこの後加奈子に何を言われたとしても、2度と振り返るつもりは無かった。
ところが......
「いくらあなたが向日葵を求めたところで、あの女は絶対に応じないわ。だってあたしがそう仕向けたんだから。それでもあなたはあたしを置いて向日葵の所へ行くつもり?!」
ピタッ。
俺は足はを止めざるを得なかった。
「なんだと?」
「向日葵が悠真くんと秋祭りに一緒に行ったりしたら、あたしのお父さんが向日葵のお父さんを解雇するって言ってたわ。それと借金も全部返して貰うんだって。
そんなことになったら、花咲家は一家揃って首縊るしか無くなるじゃないかしら......そこまで分かった上で、悠真くんは向日葵の所へ行くって言うのね?!」
なるほど......
そんなとこまで根回ししてたってことか。フッ、やるじゃねぇか。でもな......その程度のことじゃ俺は怯まないぜ。
「なにかと思ったら、そんなことか。つまらん話だ」
「つっ、つまらないってどう言うことよ?!」
「うちの河村材木店はな、今人が足りなくて困ってるんだ。向日葵のお父さんなら、うちの会社でも大歓迎だし、借金くらい幾らでも肩代わり出来る。
何だかんだ言ったって、うちの親父は俺の味方だ。和真も逝っちまって、もう俺1人しか居ねぇからな。だからそんな心配はご無用だ。安心してくれ」
すると追い詰められた佳奈子は、遂に一線を越えた発言を繰り出して来やがった。
「あたし、死ぬから! 悠真くんと向日葵がくっつくなんて、あたしは耐えられない!」
今度はそう来たか......でもまぁ、よく使われる常套手段だわな。
「死にたきゃ勝手に死ねばいい。でもそれじゃ誰が俺と向日葵の仲を引き裂くんだ? あまり賢い選択とは思えんけどな。まぁ......お前の好きにするがいいさ」
きっと俺を止める術が見付からなくて、苦し紛れに言ったんだろう。前にも述べた通り、俺は佳奈子の性格を熟知してる。
正直なところ、佳奈子が俺に振られて自らの命を絶つ? こんな勝ち気な女が? バカらしい......有り得ん話だ。
そんな狂言にまともに取り合うことすら、本気でバカらしいと思ってしまった。
そんなこんなで、俺は薄ら笑みを浮かべながら今度こそ本当に佳奈子の前から立ち去って行ったのでした。
もう好きにしろ! って感じでな。
一方、
そんな悠真に顔に泥を塗られて一方的に置き去りにされた佳奈子の方はと言うと......
あたしが死ぬわけ無いとでも思ってるの?!
あたしが意気地無しだと思ってるわけ?!
いいわ......そっちがその気なら、やってやろうじゃない! 死んでやろうじゃない!
でもね......あたしが死んだ後、2人にくっつかれるのは嫌。だからあたし決めたの。あたし1人で死ぬなんて、バカらしいから......
トゥルルルル......
トゥルルルル......
カシャ。
「あら久しぶり。元気にしてた? ちょっと今すぐ人を回して欲しいの。うん、そう......場所は御影村の御影神社。
そうねぇ......10人くらいかな。報酬は望みのまま払うわ。出来るだけ腕の立つ人を集めてね。......分かった。じゃあ宜しく」
カシャ、ツー、ツー、ツー......
「ハッ、ハッ、ハッ! もう人生なんてどうでもよくなって来ちゃった。みんな死んじゃえばいいのよ! ハッ、ハッ、ハッ!」
夜空は思いの外透き通ってた。
星が散りばめられ、その中心には大きな満月がまるで秋祭りを祝福しているようにも見える。
ところが風は徐々に強まっていき、いつしか無数の松明の火を激しく揺らし始めていた。
それは正に、これから訪れる悪しき嵐の前触れだったのかも知れない......