走馬灯
ザッ、ザッ、ザッ......
今度は柱の左から足音が聞こえたから、プログラム通り俺の草履は右へと回っていく。多分これを続けてる限り、一生顔を合わすことは無いだろう。
「悠真くん、かくれんぼが好きなの?」
「かくれんぼは嫌いじゃ無いが、鬼ごっこは嫌いだ」
「じゃあ追い付いちゃお!」
ザッ、ザッ、ザッ、パシッ。
「やったぁ、悠真くん捕まえた!」
見れば俺の腕をがっしり掴んでる。どうやら、逮捕されちまったらしい。手錠を掛けられなかったことだけがせめてもの救いだ。
「ならば......今度は俺が『鬼』だ。さぁ、早くどっかへ逃げろ」
「逃げたら......あたしを追って来てくれる?」
「......」
「もしあたしが逃げたら......悠真くんも逃げたりしない?」
「......」
そんな『鬼』の的を得た質問に対して返す言葉が見付からなかった。だって図星なんだからな......
言うまでも無く、今俺の腕に絡み付いてる『鬼』とは佳奈子のことだ。
ちなみに、俺はこの女の性格を熟知してる。欲しいものが有れば、とにかく手に入れなければ気が済まない。
上手くいかなければ、直ぐに感情を爆発させて相手が誰でも威嚇を始める。それでも思い通りにいかなければ、後先考えずに破滅の道へと進んでいく。まぁ簡単に言うと、そんな性格だ。
「あっ、悠真くん! 去年あたしがプレゼントした草履......今年も履いて来てくれたんだ。佳奈子......嬉しい」
そうなのか?
全然覚えて無いぞ。下駄箱の一番手前に置いてあったから、それを履いて来たに過ぎん。変に誤解されても困るから、俺はオブラートに包むこと無く、はっきり言うことにした。
「草履のことは正直覚えて無い。それと......今日はお前と行くつもりは無い。帰ってくれ」
何はともあれ佳奈子はそんな性格な訳だから、きっとこの後感情的になって不満をぶちまけて来るんだろうな。まず間違い無い。
などと思いきや......
「ウッ、ウッ、ウッ......悠真君、あたしのどこが嫌なの? 何であたしじゃダメなの? あたしに悪い所が有るなら一生懸命直すから。あなたの相応しい人間に生まれ変わるから......」
結果はそんな反応。正直この時俺は、自分の耳を疑ってしまった。今までの常識からして、佳奈子がそんな反応を見せる訳が無かったんだから。
思いも寄らぬ佳奈子のそんなアプローチに、俺は思わず後ろを振り返ってしまった。もしかして俺は、全然違う奴と話してたんじゃ? なんて、一瞬勘ぐっちまったからだ。
でも目に映ったその者の姿は、紛れも無い佳奈子。目に涙をいっぱい溜めた『鬼』とは程遠いその者のしおらしい姿だった。
いつも勝ち気で、自信に満ち溢れた表情しか見せない佳奈子......
ところが今俺の目の前に居る佳奈子は、いかにも自信無さ気で、息を吹き掛ければたちまちどこかへ飛んで行ってしまいそうな程に弱々しく見える。
何度見返したところで、到底それが演技には見えなかった。
そうともなると、こいつにもこんな人間らしい一面が有ったのか? などと......佳奈子への見方が少し変わって来てしまうことも自然の流れだった。
まぁ俺がちょっと単純過ぎるのかも知れないけどな......
「ウッ、ウッ、ウッ、悠真くん......」
因みに......
今気付いたんだけど、佳奈子は透き通るような水色の浴衣を纏ってる。きれいに結った髪の毛には、水色のかんざしが月光に反射してキラキラ輝いてた。
それと草履も、巾着袋も、マニキュアまでも......その全てが水色だった。そんな水色一色の佳奈子を見て、俺は遠い昔の記憶が走馬灯のように蘇って来た。
それは俺と佳奈子がまだ小学生の時。よく晴れた小川の畔での些細な会話だ。