向日葵専用
「このヘルメットは新品だ。それと......よく見てみろよ」
一体何を見ろと言ってるのか分からなかったけど、確かにキレイだし傷一つ付いて無い。彼の言うように、きっと新品なんだろう。
更に、
「これって......」
「いや、ちと恥ずかしいんだが......」
なんと! そんな薄ピンク色のヘルメットの横には、5つの文字が認められてたの。
『向日葵専用』
そんな文字を見た途端、あたしの頭の中に犇めいていた雑音が、一気に吹き飛んでしまったような気がする。
なんか全身の力が抜けてくような......
血圧が正常値に戻っていくような......
とにかくこの時、無数のトゲが心から抜け去ったことだけは間違い無かった。
そんなあたしは今、悠真さんの目を正面からしっかりと見詰めている。
「分かった......信じる」
それが本心だった。
「いつかこんな日が来るだろうと信じて、早めに買っといたんだ。まさかこんなに早く来るとは思って無かったけどな」
なんか頭をボリボリ掻いてる悠真さん。きっと彼も、精一杯の話をしてくれたんだろう。
そんな彼の気持ちを察したあたしは、
「悠真くん!」
「ん、なんだ? 『さん』から『くん』にランクアップしてるぞ!」
「あたしお腹空いちゃった。早く食べに行こうよ!」
「そ、そうだな。よし、任せとけ!」
ブルルン、ガガガガッ......
正直、あたしはもう悠真くんの口から何も聞く必要は無いと思ってた。間違い無く彼の言ってたことは事実なんだろう。
直ぐにあたしを追い掛けて来てくれたことも嬉しかったし、
あたしを熊から救ってくれたことも嬉しかったし、
ヘルメットのことも、特大に嬉しかった。
そして何より嬉しかったのは、今こうしてあなたと同じ時を過ごせていること。
あたしはこの後何が起ころうとも、決して後悔しないと思ってる。例え何が起ころうともね。
今あたしは、そんな彼の温かい背中に顔を埋めて、この幸せな瞬間を噛み締めてる。だって幸せの時間なんて、いつまで続くか誰にも分からないことだから。
ただあたしは神に願う。この幸せが永遠に続くことを。秋祭りと言うその日を乗り越えてね......
※ ※ ※ ※ ※ ※
一方その頃......
悠真くんが飛び出してしまった河村家では、何が起こってたかと言うと、予想に違わず大変なことになってたの。
「一体どうなってるんだ?! お宅の悠真君はどこへ行ってしまったんだ!」
「いやぁ、それがどうも......も、申し訳無い。お、おい、和美さん! このタオル、一体誰が持って来たんだ?」
突然火の粉が降って来た家政婦(和美)さんは、ただ狼狽えてるばかり。
正直に言っていいものやら......
言っちゃいけないものやら......
「そ、それは......」
正直に言いそうになって、途端に口を閉じてしまう家政婦さんだった。
「花咲向日葵......あたしの同級生よ。うっ、うっ、うっ......」
そんな悠真の父からの質問に、涙を浮かべながら答えたのは家政婦の和美さんに有らず。すっかり恥をかかされたその者だったのである。
「ええ? あなたの同級生なの? その花咲さんが......何でこんな所に?」
何も知らぬ佳奈子の母が、真っ先に反応を見せた。
この栄えある『いいなずけ』の儀に、同級生、しかも女子の乱入ともあれば、黙って見過ごす訳にもいかないのだろう。
「花咲って言ったら、うちの社員の娘じゃないか! 一体こんな時に押し掛けて、どう言うつもりなんだ?!」




