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【完結済】天国と地獄  作者: 吉田真一
第2章 向日葵の決心
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乙女の意地

 キ~コ~、キ~コ~......


 それまで気にもならなかった油切れの自転車の音が、今はやたらと耳障りに感じた。


 あたしがもし貧乏な家に生まれて来なかったら、こんな自転車なんかとっくに捨てて、ギヤ付きの格好いい自転車買ってたのに。


 あたしがもしこんな優柔不断な性格じゃ無かったら、悠真さんに直ぐ返事して、こんなことにはならなかったかも知れないのに。


 それであたしがこんなに弱い性格じゃ無かったら、涙がこれ程までに、零れ落ちることも無かったのに。


 うっ、うっ、うっ......


 ちょっと考えれば、分かることじゃない! あたしなんかじゃ、悠真さんと全然釣り合わないってことをさ......


 気まぐれで声掛けられただけなのに、本気にしちゃって、舞い上がっちゃって、家まで押し掛けちゃったりして、


 ほんと......

 

 バカみたい。


 今漸く分かった。あたしはただからかわれてただけだってことをね。



 ところがここで......


 そんなあたしを、ブリキ人形から元の人間に戻すような大事件が巻き起こったの。



「そろそろ村から出るぞ。熊避けの鈴付けた方がいいんじゃないか?」


 ブルルン......ボボボ......


 僅かなエンジン音を轟かせながら、誰かが背後から話し掛けてくる。


「......」


 耳には入ってたけど、別に反応するつもりは無かった。


「おっと、スマホ部屋に置いて来たままだった。でもまぁいいか......目の前に誰かさんが居るんだからな」


「......」


 なおも反応しなかった。


「ガソリンは満タンだな。機嫌直してくれるまで、どこまでも付いて行くぜ」


「......」


 正直、少し腹が立って来た。だってあなたは、あたしを泣かせた張本人なんだからね!



 キ~コ~、キ~コ~......


 ピタッ。


「おい、急に止まるなよ。バイクは急に止まれない。なんてな......おっとっと」


「河村さん!」


「ん? なんで名字なんだ?」


「『いいなずけ』の方を置いて来ちゃダメじゃ無いですか?!」


「放っとけ。親が勝手に決めたことだ。俺に従う義務は無い」


「......」


 キ~コ~! キ~コ~!


「おっと、今度は無言で走り始めたぞ。下り坂はチャリでも速いな! 置いてかれる訳にはいかん!」


 ブルルン、ガガガガッ......



 もしかしたら......あたしは彼が追って来てくれるのを待ってたのかも知れない。この後何を聞かされるのかは分からなかったけど。


 ただ何の話も聞けぬまま、この村を虚しく出るのだけは嫌だった。


 地獄へ突き落とされるのか、天に昇るのかは分からない。でも本人の口から、真実を聞きたかった。なのに今あたしは、悠真さんを突き放そうと必死にペダルを漕いでる。


 それはせめてもの若干17才、恋する乙女の意地だったんじゃ無いのかな。



 ところが......


 そんな乙女の意地なんてどうでもよくなるような事態が、この後巻き起こってしまうのでした。


 バサッ!


「ん?」


 バサッ、バサッ!


「えっ? バサッ、バサッって......なんの音だ?」


 バサッ、バサッ、バサッ!


「木の枝が折れる音......かも?」


「なんか......ヤバく無いか?」


 バサッ、バサッ、バサッ、バサッ! 


「居たぞ! く、熊だ!」


「えええっ? ど、ど、どうしよう?!」



 正直、写真やテレビでは何度も見てたけど、檻に入ってない熊を肉眼で見たのは初めて。


 見ればもの凄い形相で、こっちに走り寄って来てるじゃない! 熊ってこんなに走るの速いんだっけ?! 


 あたしは反射的に足をペダルに掛けてた。とにかく逃げるしか無い! って思ったから。


 すると、


「早く後ろに乗れっ! 自転車なんかで逃げ切れる訳無ねぇだろ! 死にたいのか?!」


「え、あ、わ、分かった!」



 そんなこんなで......


 あたしは生まれて初めて、バイクの後ろに乗ったのでした。しかも悠真くんの操るバイクの後ろに。



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