目的地
悠真さんの家が寂蓮村だってことは分かってたけど、住所までは聞いて無かったの。
大きな村じゃ無いから一件一件表札を見てけばいつかは辿り着けるんだろうけど、それだと結構時間が掛かっちゃう。
夕方からお客さんが来るって言ってたし、それまでには何としても辿り着きたかったから。
正直、誰に何を謝ってるのか自分でも分からなかったけど、取り敢えずはその人が怖くて意味も無く謝ってしまったってわけ。
すると、
「なんだ......悠真の彼女か」
「ええ、そうです......い、いや違います! さ、さぁ、どっちなんでしょう? あれ、あたし何言ってんだろう? す、すみません!」
「お姉ちゃん、面白い人だねぇ......そっか、あんたが悠真の『いいなずけ』だな」
いいなずけ?
はて......まだ秋祭りに誘われただけなんですけど。
この人は一体何を言ってるんだろう? でもまぁいいか......深い意味も無さそうだし。
そんなこんなで......
話してみれば悪そうな人にも見えなかったから、気を取り直して聞いてみた。
「河村悠真さんの家に行きたいんですけど、家はどちらでしょうか?」
「なんだ、『いいなずけ』のくせに家行ったこと無いのか......まぁ、いいんだけどよ。この道を真っ直ぐ行って一番奥の右側だ。やたらとデカイ家だから一発で分かると思うぞ。
それはそうと......俺は大の日本酒好きでな。もうすぐお宅の会社で新作が出るって聞いたぞ。楽しみにしてるからな。宜しく頼むぜ!」
ブルルン、ゴゴゴゴッ......
やっぱ今の人は悠真さんの材木問屋の人だったんだと思う。
道を教えてくれたことには感謝してるけど、同時に不気味なキーワードを2つも残してってくれた。
『いいなずけ』それと、あたしの家が『酒造会社』
酒造会社と言えば、山菱酒造。
山菱酒造と言えば、佳奈子。
いいなずけ、佳奈子。
悠真さんのいいなずけは佳奈子?!
まさか......まさか? まさか?!
そんなの有り得ないって!
止めよう......あたしは悠真さんを信じて、今ここにやって来てるんだから。疑ってどうすんのよ!
そんな訳で、
「ふうっ、気を取り直して......行くとしましょう」
あたしは自らの鼻息でモヤを吹き飛ばし、強面の社員さんに言われた通り、畦道を真っ直ぐ突き進んで行ったのでした。
キ~コ~、キ~コ~......
小川の畔では、子供達が元気に水の掛け合いを行ってる。この川の流れは下流へと下って行き、御影村を経由して、やがては麓の街へと流れて行くんだろう。
この寂蓮村もあたしの暮らす御影村同様、きっと時間の流れが都会よりもゆったりしてるんだと思う。とにかく長閑で、微笑ましい光景だわ。
そんな一時的なオアシスを目の当たりにし、幾分心をクールダウン出来たあたしは、ここで漸くペダルから足を降ろした。
「着いたわ」
時刻は間も無く15時。
今あたしの目の前にそびえ立ってる家は、他の家と明らかに違ってた。まるで戦国時代のお城のように見えなくも無い。とにかく社員さんが言ってたように、やたらと大きかった。
それでそんな大邸宅の門には、思った通り『河村』の表札が。
「間違いない、ここが悠真さんの家だ。でもなんか参ったなぁ......」
意気揚々とやって来たはいいけど、あまりに身分違いの大邸宅を目の前にして、完全に心が引けちゃってる。
貧乏人を寄せ付けさせないバリヤーでも張られてるんだろうか? 近寄ると、バチバチバチッ! うわぁ~、やられた! みたいな。
それはそうと......
悠真さんにもきっと都合ってもんが有るだろうから、いきなり訪問するのはちょっと迷惑かな? とか今更ながらに思ってしまった。
やっぱこう言う時は、まず電話よね。あたしは期待と不安を胸に抱き、スマホの操作を始めた。もうちゃっかり連絡先は登録してる。
ピピピピ......
トゥルルルル......
トゥルルルル......
ドキドキドキ......
すると、
『ただいま留守にしております。ピーっと言う発信音の後に15秒以内で伝言をどうぞ。ピーっ......』
カシャ。
出ないか......今日は家に居るって言ってたんだけどな。




