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【完結済】天国と地獄  作者: 吉田真一
第2章 向日葵の決心
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『鹿音』と『熊五郎』

 10月5日 金曜日 16:00


 昨日とは雰囲気が打って変わって、カー、カー、カー......


 今日も夕日をバックに、カラスの親子が頭の上を通過していく。それとコウモリも、パタパタパタ......



「あら、もうそんな時間?!」 


 思い出したかのようにあたしが顔を上げてみると、


「向日葵、お待たせ!」


 今村役場から出て来たばかりのお母さんが、何食わぬ顔して手を振ってる。


「遅かったじゃん!」


 ちょっと膨れっ面になってしまった。結局30分も村役場の前で待たされたんだから。そんな時間有ったら、一旦家に帰って着替えてから来れば良かったわ。


「ごめん、ごめん。ちょっと仕事が残っちゃっててさ」


「全くもう......」



 ちなみに......


 今なんであたしがお母さんの仕事場に来てるのかって言うと、今日は麓の街のスーパーへ一緒に買い出しに行く約束してたからなの。


 村にもちょっとした小売店は有るんだけど、品数が少ないから週に1回は麓のスーパーでまとめ買い。これが花咲家のルーティンって訳ね。


 もちろん車よ。結構いっぱい買って来るし、自転車で行ってたら日が暮れちゃうから。


 そんな訳で、今日もいつもの通り3時半に待ち合わせしてたの。もう4時か......でもまぁ、仕事じゃ仕方ないよね。



 それはそうと......


「お母さん、それどうしたの?」


 見れば大きな鹿と熊の『着ぐるみ』を大事そうに両手で抱えてる。鹿は白と茶色のツートン、熊は黒一色。原物のままだよね。


「いやさぁ、『鹿音しかね』も『熊五郎くまごろう』も随分傷んできちゃって......明日は村役場の仕事休みだから少し縫っておこうと思ってね。まだまだ現役で頑張って貰わなきゃ困るからさ」



『鹿音』と『熊五郎』


 それは3村共通のイメージキャラクター。いわゆる『ゆるキャラ』ってやつ。


 ここは結構な山奥だから、たまに野生の鹿とか熊に出会しちゃうことが有るの。


 鹿は畑を荒らす程度だけど、熊は危険なんで、村を一歩出たら熊避けの鈴は欠かせないわ。昔はよく熊に襲われて、命を落とす人も居たらしいしね。


 きっと負の発想で、そんな熊や鹿を3村のイメージキャラクターにしたんだと思うよ。


 ちなみに村役場の売店じゃ、そんなキャラクター入りの文房具や雑貨が売られてたりもする。


 そんなローカルなキャラクターグッズなんて誰が買うの? って思ったりもしたけど、去年ご当地テレビで紹介されてから、県内じゃすっかり『キモカワ』キャラクターで有名になってしまった。


 特に3村の子供達からは絶大な人気を誇ってて、キャラクターグッズはバカ売れ。注文が追い付かないって、この前村長さんが嬉しい悲鳴を上げてたわ。



「確かにこの貧乏村の予算じゃ、特注の着ぐるみなんてそうそう買い替えられないもんね」


「大事に長く使う......これが貧乏の基本よ。お父さんもね。ハッ、ハッ、ハッ」


 お父さんは着ぐるみじゃ無いと思ったけど、なんとなく雰囲気であたしも笑ってしまった。お父さん、ごめん!


「ハッ、ハッ、ハッ。こわっ......」



 やがてお母さんは、そんな『鹿音』と『熊五郎』を大事に後部座席に座らせると、


 ブルルンッ......車のエンジンに火を灯した。


「別に2匹はシートベルトまでしなくていいんじゃない? 生き物じゃ無いんだから」


「あなたのそう言う冷めた言葉が子供達の夢を奪うのよ。鹿音と熊五郎が本当に生きてると思ってる子供達だっていっぱい居るんだから」


「......」


 そのこととシートベルトがどう関係有るのか?


 甚だ疑問に思うあたしだったけど、そんな母こそが夢を持ってるんだなぁって思うと、少しばかりお母さんが可愛く思えたりもした。



「とにかく今日はスーパー創設10周年。何でも安いってチラシに書いてあったからいっぱい買い込むわよ!」


「了解! 買っちゃおう!」



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