予兆
「そうそう向日葵......このお地蔵様の言い伝え知ってるか?」
「え~と......人と人とのご縁を結び付けるご利益が有るってこと?」
「まぁ、簡単に言っちゃうとそう言うことなんだけど、実は知る人ぞ知る縁結びのおまじない方法が有るんだ」
「おまじない? へ~そうなんだ」
「おい賢也、聞きたいか?」
「うん、聞きたい。僕も早く彼女欲しい!」
そんな賢也の心の叫びに、思わず吹き出してしまうあたしと悠真さん。
「そうか、賢也も彼女が欲しいのか? ならば教えてやる。よく覚えとけ」
「うん!」
身を乗り出す賢也の顔は、パンチの練習してる時と同じくらい光り輝いてた。
まだ13才と言っても、立派な男の子なんだよねぇ。誰にでも思春期はやって来るんだなぁ......なんて、心の中で頷いてしまう思春期真っ只中のあたしがそこに居た。
「密かに伝わる言い伝えだと、まず紙に願い事を書いて、お地蔵さんの前でそのことを頭に浮かべながら、地中に埋めるらしい。それでその後、ご来光が埋めた所に射すと、願い事が成就するそうだ」
「よしっ、じゃあ今度僕もやってみよう!」
「そうそう......言い忘れてたけど、自分が願を掛けたことを誰かに話しちまうと、効力が無くなるらしいぞ。だから、やる時は絶対誰にも言っちゃダメだ。分かったか?」
「うん、分かった。絶対誰にも言わないよ。だって彼女欲しいもん」
「全く、ませた子ね」
「向日葵に似たんじゃ無いのか?」
「あたしが? 冗談でしょう?!」
「「「ハッ、ハッ、ハッ!」」」
そんなこんなで......
すっかり日が落ちた御影神社の参道を、3人手を繋いで帰途についていく。それは特に誰が意識した訳でも無く、ごく自然の流れだったと思う。
もしかして、あたし達3人は親子? なんて......卓越した想像力を発揮していたのも束の間、あっと言う間に家の前まで来てしまった。
「ああ、もうお腹空いちゃった!」
そんな言葉を残して、賢也は真っ先に家の中へと消えて行ってしまった。もしかしたら彼は、世界一空気を読める人間なのかも知れない。
「悠真さん......今日はちょっと取り乱しちゃって本当にごめんなさい。あんな楽しそうな賢也見るのほんと初めて。なんとお礼を言ったらいいものか......」
「お礼だって? 勘弁してくれ。一番楽しかったのは俺だぞ。それにしても、向日葵と賢也は相思相愛なんだな。ちょっと......焼けてくるぜ」
いつの間にやら、夜空にはうっすらと満月が浮かび上がってた。
互いに目を合わせることも無く、そんな満月をじっと見詰めるあたしと悠真さん。
何だかこの瞬間が、妙に心地いい......なんて、どうしたんだろう? あたしったら。
「あの子はあたしに懐いちゃてるから......今日はほんと目が覚めた気がする。あたしったらいつもあの子を守ることばかり考えちゃってて......でも本当は育てなきゃいけないんだよね。
とにかく本当に勉強になりました。良ければこれからもあの子と仲良くしてあげて下さい。あの子......悠真さんのことが大好きになっちゃったみたいだから」
「向日葵の方は......どうなんだ?」
気付けば悠真さんは、月に背を向けてあたしを見詰めてる。
「あたしの方......って?」
そんな悠真さんの視線を感じたあたしも、月に背を向け悠真さんの目を見詰めた。
「もし良ければ......秋祭り俺と一緒に行かないか?」
「......」
「嫌か?」
「......」
「嫌でも諦めないぜ」
「嫌じゃ無い。でもちょっと......考えさせて」
「そうか......分かった」
好き合った者同士が秋祭りへ行くと、必ず結ばれる......それはこの3村で古くから伝わる言い伝え。つまり、秋祭りに異性を誘うと言うことは、特別な意味が有るってこと。
正直、今あたしはこの悠真さんの魅力にどんどん引き込まれてると思う。
もし今あたしが勢いのまま会話を進めてたなら、間違い無く全てを理解した上で彼の申し出を受け入れてたに違いない。
でもそこには、大きな壁が立ちはだかってたことも事実だった。
山菱酒造の2階の窓から、あたし達の姿を見降ろしてる人が居ることを、多分悠真さんは気付いて無いと思う。
でもあたしはここに着いた時から、それに気付いていた。
そんなあたし達の前に立ちはだかる大きな壁......それはその人の存在そのものだったのかも知れない。
佳奈子......
さっきからそんな刃のような視線が、ずっとあたしの心をえぐり続けてる。もう痛くて、怖くて、声も出ない程に。
いつしか......
2人に微笑み掛ける満月は、怪しい黒い雲に覆い尽くされてた。
それはこの後起きる大嵐の予兆だったのかも知れない......