宝物
ポトリ。
ガキ大将達は僕の宝物を橋の上に落として、我先にと逃げ去って行くのでした。
でも何で浮かんで来ないのか全く意味が分からなかった。もう30秒も経ってるし......
特に訓練した人じゃ無くても、1分程度は呼吸を止めれるって聞いたこと有るけど、今姉ちゃんは洗面器に顔を付けてる訳じゃ無い。川の底に沈んでる訳だ。
ま、まさか......本当に死んじゃったとか?!
1人取り残された僕は、居ても立ってもいられなかった。
だって僕のせいじゃん!
もうこうなっちゃうと、誰のせいとか言ってる場合じゃ無い。
ダメた!
助けなきゃ!
カナヅチの分際でありながら、生意気にも僕が川へ飛び込もうとしたその時だった。
プクプクプク......
バシャ~ン!
「いやぁ、参ったわ。飛び込んだ拍子にポケットの500円玉が落ちちゃって......でも見付かって良かった。明日のランチのパン買えないとこだった」
ちなみに......
僕と姉ちゃんの暮らす花咲家は、村一番の貧乏。
今日、川で溺れ死にしなくても、500円なんて大金落としてたら、きっと明日にはパンが買えなくて餓死してたと思うわけ。
「姉ちゃん! 死んでなくて......良かった。ウェ~ン......」
「賢也、心配してくれてたの? ありがとう」
自慢の黒髪がワカメになってるのに、姉ちゃんは向日葵みたいな笑顔を浮かべてる。真っ白の歯が妙に光り輝いて見えるのは、多分僕だけじゃ無かったと思う。
そんな無事な姿を見て、僕は思わず安心して泣いてしまった。
男がいちいちメソメソするな!
って言うかも知れないけど、男が男涙に暮れることが男らしく無いとは思って無いから、ワンワン泣いてしまった。
「ウェ~ン......」
そんな僕の名前は、花咲賢也。ピカピカの中学1年生さ。
お父さんもお母さんも働いてるから、姉ちゃんは僕の母親替わりを担ってくれてる。
「賢也......あなたが守ろうとした物って......まさかこれ?」
見れば、頭のてっぺんから足の爪先までずぶ濡れの姉ちゃんが、橋の上に落ちてた『僕の宝物』を拾い上げてる。
「うん」
正直に言ってしまった。
「バカな子ね......」
それは1本のありふれた万年筆。もちろん文具大国のドイツ製とかでも無い。
でもただの万年筆じゃ無かった。大好きな姉ちゃんが、僕の中学入学祝いに泣き無しの小遣いで買ってくれた宝物だ。
そんな逸品を大事に渡してくれた姉ちゃんは、
「さぁ、帰ろうか」
「うん」
それ以上、何も言うことは無かった。きっと僕のそんな熱い気持ちを、しっかりと受け止めてくれたんだろう。
繰り返しになるけど、とにかく姉ちゃんはずぶ濡れ。
セーラー服が冬仕様の紺色でほんとに良かったと弟ながらに思ってしまう。夏の白だったら、本気でヤバかったと思う。
でもまぁ田舎の畦道だけに、殆ど人とすれ違うことは無いでしょう。すれ違ったとしても、せいぜいサルかイノシンくらいのもんだろう。実際、しょっちゅう見掛けるしね。
などと、僕が楽観的憶測を繰り広げてた矢先の出来事だった。
「賢也、端に寄って」
なぜか姉ちゃんの顔から笑顔が消えてる。その理由は前を見て直ぐに分かってしまった。
「全くよぉ、受験、受験って先コウはうるせぇよな。この頭でどこ受けろってんだ!」
「勉強なんかより、バイクでぶっ飛ばしてるほうがよっぽど楽しいぜ」
目の前から近付いて来る集団。それはサルでも無く、イノシンでも無く......
「賢也、あれはあたしの高校の不良達。いっこ上だし関わると面倒だから目を合わせないようにね」
遠目で見ても、今僕が来てるノーマル学ランより丈が20センチは短い。露出してるエナメルの赤ベルトが妙に光り輝いて眩しいんですけど。
ああ、一難去ってまた一難。とにかく今日はついてないや......