割符
でもここで、あたしは一つだけ自覚してることが有る。
それはもし本気で付いて来られるのが嫌だったら、振り切るチャンスはいくらでも有ったってこと。
さっき自宅の前を通過した時に一旦逃げ込むことだって出来たし、そもそもこの行為を強く糾弾することだって出来たはず。『警察呼びますよ!』とか。
でもあたしはそれをしなかったし、この後も多分しないんだろう。
ならば一体あたしは何を望んでる? もしかして、彼を試してる? いや、そんな偉そうな身分でも無いわ。じゃあ、なんで?
やっぱ......もう深く考えるのは止めよう。精神的にキツくなって来た。
そうよ、自然体で行けばいいのよ!
そんな緩い決心の元、優柔不断と言う名の足枷を引き摺りながらも、再び歩を進めていくあたしだった。
そこから歩くこと5分。
すると今度は3村唯一の中学校、御影中学校の校門が見えて来る。
そんな御影中学校へやって来るや否や、あたしは思わず目を疑ってしまった。
「ちょっと賢也、ど、どうしたの?!」
「ね、姉ちゃん......」
見れば......賢也が正門の柱に寄り掛かって、今にも倒れそうな様子。
学ランもズボンも土を被って、目の上には大きなたんこぶが出来てる。しかも鼻から血が流れ落ちてるし。
な、なんてこと?!
するとあたしは、直ぐに月曜日のことを思い出してしまった。
「またあのガキ大将達の仕業ね?!」
「ち、違うよ......ちょっと転んだだけだよ」
「転んだだけで、そんな大きなたんこぶ出来る訳無いでしょう! この間といい、今日といい、もう絶対に許さない! さぁ、案内して! ガキ大将達はどこに居るの?!」
「もういいから......何でも無いから。早くお家に帰ろうよ......」
「そうはいかないわ! もう2度とこんなことしないように、あたしがしっかりと説教してやる!」
怒れる水牛と化したあたしが、勢いのまま正門を潜ろうとしたその時だった。
「おい賢也、君は本当に転んだんだよな?」
「ゆ、悠真さん?!」
後ろからそんな声を掛けて来たのは他でも無い。透明人間じゃないその人だった。
「そ、そうだよ!」
見れば賢也は、必死であたしに訴えてる。自分は転んだんだ! ってね。でもそんなの嘘だって直ぐに分かるじゃん。
「まぁ、向日葵......少し落ち着いたらどうだ?」
「これはあたしと賢也の問題です。部外者のあなたは黙ってて下さい。それと向日葵って......あなたに名前を呼び捨てされるような関係じゃ無いと思うんですけど?!」
何だか鬱憤の張らし場所が見付からなくて、ついつい悠真さんに八つ当たりしてしまった。
今思い返すと、やっぱこの時のあたしはどうかしてたと思う。ほんと子供みたいで、恥ずかしいわ......
一方、そんなあたしの子供染みた悪態に対し、大人の悠真さんは大人らしく、大人なりの発言を繰り出して来たの。
「仮に向日葵が言ったように賢也がいじめられてたとしよう。それで姉の君が年上のアドバンテージを利用して彼らに怒ったところで何が解決する?
明日になりゃまた同じだと思うけどな。それが分かってる分だけ賢也の方がよっぽど向日葵より冷静だと思うんだが......もっと他にやるべきことが有るんじゃないのか? なぁ、賢也」
そんな悠真さんの冷静な発言に対して賢也はと言うと、必死に首を縦に振ってる。
「だったら......どうしたらいいって言うの?! あなたは他人だからそんな悠長なこと言ってられるけど、身内の身にもなってみてよ。もし賢也に何か有ったら......あたしどうしたらいいのよ!」
気付けば、あたしの目からは大粒の涙が。そんな涙の理由は、もちろん賢也の身体を心配してのこと。賢也を傷付けたガキ大将達への怒りも混じってたに違いない。
それともう1つ......大きな理由が有った。
それはガキ大将達を懲らしめようとしたあたしの行動を、男の2人から割符を合わせたように否定されたこと。