鬼
今思い返せば......
あたしが地獄の世界から生還出来た所以は、過去から逃げずに過去と立ち向かい、そしてそんな過去に打ち勝つことが出来たから。
もしあの時、あたしが過去を直視せずに逃げてたなら、今の気丈な自分は存在して無かったと思う。
そうともなれば......
次はあなたの番!
世間一般で言うところの『敵』に対し、そんなお節介を焼きたくなるあたしがそこに居たのでした。
加奈子なら必ず乗り越えられる......
彼女の強さを知るあたしだからこそ、あたしはそう信じて止まなかった。
なので、
鬼にでも何でもなってやる!
そう決心したのでした。
そんな固い決意のもと......
地に膝を付いてあたしの目は加奈子と同じ目線に。そうじゃ無いとよく見えないから。
そして、
「さぁ、目を開いてよく見なさい! 現実から逃げないで!」
あたしが声を荒げると、
「うっ、うっ、うっ......」
加奈子は益々縮こまってしまう。でもあたしが声のトーンを下げることは無かった。
「さぁ、早く!」
きっとこの時、あたしの目はキツネのように吊り上がってたんだろう。もしかしたら鬼みたいに頭から角が出てたのかも知れない。
多分だけど......
その行為は彼女に取って耐え難い苦痛だったんだと思うよ。なんせ自からの手で焼いたあたしの火傷痕を、間近で見るってことになる訳だからね。
でもそれは避けては通れぬ道。迂回路なんか存在する訳も無かった。
やがて加奈子はゆっくりと顔を上げる。すると振り乱した前髪の隙間から、涙にくれた瞳が僅かに顔を出し始めた。
その行為はきっと、彼女が覚悟を決めた証だったんだろう。
そして遂に、
「分かった......」
掠れた声を喉の奥から絞り出す加奈子。気付けば彼女の2つの瞳は、あたしの過去そのものにしっかりと向けられる。
そんな加奈子の身体は、まるで金縛りにあったかのように膠着し、目は瞬きすることすら忘れてしまったらしい。
「加奈子」
そんな彼女の姿を見て、ようやくあたしは声のトーンを下げ始めた。一方、加奈子はと言うと、
「はい......」
未だ金縛りを解くつもりは無いらしい。動かしたのは口だけ。瞬きすらしない。
「この傷はね......今でも時々痛むの。その度にあの時のことを思い出しちゃうまだまだ弱いあたしが居る。多分だけど......これからも死ぬまでそうなんだろうね」
「......」
「勘違いしないで。別に今更あなたを攻めようとは思って無い。ただ現実をあなたに知っておいて欲しかっただけ」
すると、
「向日葵!」
ここで突然何を思ったのか? 加奈子はそれまで垂れてた頭を上げ、鬼の形相へと変貌を遂げる。
それはこれまでモノクロームだった彼女の心がフルカラーに変貌した瞬間だったに違い無い。
「これで許して!」
そんな奇声を上げたかと思えば、次の瞬間には何やらポケットを漁り始めてる。
加奈子!
一体あなたは何するつもりなの?!




