滴
村役場の外へと1歩足を踏み出してみると、その場所は夕日に照らされ、オレンジ一色に染まってた。まるでアクリル画のキャンパスに自らが入り込んでしまったような錯覚にとらわれるあたしだった。
そんなキャンパスの中、夏の太陽の暑さにも負けずに力強い花を咲かす49ものそれは、皆揃って太陽を見上げてる。まるで示し合わせてるかのようにね......
「これは......」
「向日葵畑よ」
「......」
無言でそれを見詰める加奈子の瞳もまたオレンジ色に染まってた。きっとあたしも彼女と同じ瞳の色をしてるんだろう。
「加奈子......これを見て、どう思う?」
「うん......とっても力強く見える。それと......みんな同じ方角を向いてる」
「今ね......この村には49人の人達が戻って来てるの。みんな生まれ育ったこの村を復興させるために戻って来てくれたのよ。心は皆この向日葵達のように、同じ方向を向いてるんじゃ無いのかな」
「ええ......そうなんだ......」
今あたし達の目の前に広がる49もの向日葵達は、過去に強風が吹き荒れた時も互いに身体を支え合って1本足りとも折れることは無かった。
大雨が降り続けた時もまた、49もの向日葵は下を向くこと無く、気丈な程にしっかりと天を見据えてた。それはあたしの記憶に新しいところ。
もし仮にあたしと言う名の向日葵1本だけがここに咲いていたなら、とうの昔に朽ち果ててたんじゃ無いかな。
それは今のあたしと全く同じ。1人じゃ何1つこの村に戻って来て出来ることは無かったと思う。
やがてあたしは、西の空に浮かぶ夕日を見詰めながら、まるで独り言のように呟き始めた。
「今この村は少しずつだけど完全復興に向けて、確実にその階段を上り始めてる。でもまだまだ道程は長いわ。この先も越えなきゃならない山がいっぱい待ち受けてるの。途方に暮れる程いっぱいね」
「そう......みんな頑張ってる訳ね」
一方加奈子は、そんなあたしの呟きに対して、波長を会わせるかのような無難な相づちを打って来た。
別に悪気は無かったんだと思う。きっと気の効いた言葉が頭に浮かんで来なかっただけなんだろう。でもあたしは、そんな些細なきっかけをじっと待ってたような気がする。
もうそろそろいいかな......
加奈子も少し落ち着いて来たみたいだし。
そう判断したあたしは、
「加奈子、これを見て!」
突然声のトーンを上げた。
それまで夕日を見詰めてたあたしの瞳は、今やそのベクトルを加奈子の瞳に合わせてる。きっと矢が突き刺さるような視線を向けてたんじゃ無いのかな。
そして次の瞬間には、バサッ!
あたしの右手は、自らの前髪を一気にたくし上げてた。
そこに現れたものと言ったら、もはや言うまでも無い。誰もが目を反らしたくなるようなおぞましき火傷痕だ。
それは何年経っても色褪せることの無いあたしの過去そのものだった。
「あっ?!」
一瞬それに視線を向けた彼女は、直ぐに顔を背けてしまった。きっと現実逃避が繰り出した反射的行動だったんだろう。
やがて加奈子はその場にしゃがみ込み、感電したかのようにブルブルと震え始めた。
多分長い月日が経過して、自分の仕出かした過ちに少なからず気付いた彼女に取っては、そんな過去の痕跡こそがトラウマの対象に成り得ていたのだろう。
でもあたしはそんな加奈子に、逃げ場を与えるようなことはしなかった。
「加奈子、目を背けないで。ちゃんとしっかり見て」
「ご、ごめんなさい......ほ、本当に......ごめんなさい。だから......もう......許して......」
地にひれ伏すかのような姿勢で涙を流し続けるそんな彼女の姿を目の当たりにし、哀れみの情が湧かない人何て多分居ないと思う。
もし居るとしたならば、きっとそれは鬼だけなんじゃ無いのかな。




