向日葵の種
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春、夏、秋、冬......前述の通り、変わり行く季節と共に、あたしもこの御影村も、大きな復活を成し遂げることが出来たことは、きっと数少ないあたしの自慢出来るところだと思う。もちろん心優しき多くの人達の助け有りきの話だけど。
いつの間にやら、どこを見渡してもあの忌々しき事件の痕跡は殆ど無くなってた。人々の記憶と共にね。
そんな御影村の入口に位置する村役場の一室の窓から、今あたしは黄色の絵の具で描かれたような夏を彩る景色に目を奪われてた。
その景色はここ数年間でようやく作り上げられたもの。正に生まれ変わったこの村の象徴的存在になり得てたに違い無い。
実は10年前のこと......
自分を取り戻すことが出来たあたしは、まず真っ先に東京で育てた1輪の向日葵をこの地に移植した。
その時は特に深い意味も無かったけど、ふと思い付いたアイデアで、村人が戻る度にその数だけ向日葵の種を植えていくことにしたの。
そして今、目の前で見事な花を咲かせる向日葵の数はちょうど50。つまりそれだけの村人達が今ここで暮らしてるってこと。
そして今、そんな向日葵を見詰めるあたしの右手には、また1粒の種が握られてる。
もしかしたら......この時既に、あたしはこの後その人がここへやって来るのを予期してたのかも知れない。
それが楽しみでも有り、恐くも有り、そして苦しくも有り......とにかく複雑な感情に心が蹂躙されていたことだけは間違い無かった。
やがてあたしは、ハンカチで額に浮かぶ汗を拭った。
8月ともなれば、この地が高地であるとは言っても、僅かに吹く風だけで最近掛け始めたばかりの眼鏡に垂れ落ちる汗を防げるものでも無い。
恐らく、前髪を手で掻き上げた窓に写るあたしの顔は、未だ他人が目を背けるようなおぞましいものだったんだろう。前髪だけで隠すには凡そ限界ってものが有るから。
やがてあたしは、ハンカチを畳んでポケットに戻すと、今度はゆっくりと右の手の平を開いてみた。するとそこには未だ1粒の種が存在感を示してる。
もし今日この後、この種を植えるようなことにでもなれば、あたしに取っても、あの人に取っても、そして何よりこの御影村に取って、きっと吉兆となるんじゃ無いのかな。
そんなあたしが、希望と言う名の夕日に願いを掛けたその時のことだった。
「村長......い、いいえ、花咲さん。お客様がお見えですが、いかが致しましょう?」
「ありがとう。通して。それと......村長は止めてね。いつも言ってる通り、あたしと皆さんは仲間で上下なんて無いんだから」
「す、すみません。気を付けます」
「謝らなくていいの。お願いだから畏まらないで」
「あ、は、はい。すみません。あらら......」
「そんなあなたの真面目さがあたしは大好きなのよ。気にしないで」
「あっ、ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべて、去って行く事務員さんだった。
実を言ってしまうと、今あたしはそんな職に就いてたりもする。村役場がここに帰って来た去年からなんだけど。




