無視
「それって? ゴミ袋?」
「チリ取りがいっぱいになったんで一旦捨てたいんですけど」
「あ、ああ、わ、分かった」
チョコボールでいっぱいになったチリ取りの中身を、ボロボロボロ......あたしは一気にゴミ袋の中へ落とし込んでいった。
「リリー、ゴロー、また来週ね。明日はまたこの時間に別の人が来るよ。
今日はあなた達おりこうさんだったわね。また誰か変な人が柵の中に入って来たら、噛み付いて追い返すのよ。それじゃあバイバイ」
あたしが満面の笑みで手を振ると、メェ~、メェ~......まるで『ありがとう』と言ってるみたいに返事してくれた。
いつ来ても、この2匹はほんと可愛い......正直来週の当番が待ち切れないわ。
ちなみに......
リリーとゴローは、御影神社と御影高校が共同で飼育を行ってるの。
餌作りも手間が掛かるし、飼育には人件費だって掛かる。元々は神社単独で飼ってたんだけど、コスト的な問題でこの2匹を手放すことになっちゃって......
それであたし達高校の有志がそれに待ったを掛けたって経緯。
もうこの2匹は無くちゃならない存在だったし、居なくなったら寂し過ぎる。そんな訳で、あたし達高校の生徒達が交代で世話をするようになったの。
あたし達が卒業した後も、きっと後輩達が飼育を引き継いでくれると思ってるんだけどね。そこだけがちょっと心配だわ。
それはそうと......
この人は一体どこまであたしに付いて来るつもりなんだろう? これだけ無視してるのに......ちょっと意外だわ。
言うまでも無く、今リリーとゴローに尻を噛まれたのは悠真さん。
もちろんこれまで何度となくあたしを助けてくれたことには感謝してる。でも心を許すのとそれとは全くの別問題だとあたしは思ってるの。
実は昨晩お母さんから聞いたんだけど、彼は寂蓮村の材木問屋の息子で、かなりの問題児らしい。きっと金持ちのどら息子なんだろうね。
別にそんな噂話をまともに信じるつもりは無いんだけど、火のない所に煙は立たないと思ってる。多分近からず遠からずってとこなんじゃ無いのかな。
そんな由緒有る家柄の彼が、何であたしなんかに付きまとってるのか全く分かんないけど、今の時点で彼を信じるなんて到底無理な話。
付いて来るのは勝手だけど、今のあたしに心を開くつもりは無いわ。
やがて2匹とのお別れの儀式を終えると、あたしは無言で再び歩き出して行った。どうやらまたあたしは悠真さんの姿が見えなくなってしまったらしい。
そんなあたしの悪態に対して、普通なら『ふざけんな!』の一言くらい言ってもおかしく無いと思うんだけど、
テクテクテク......彼は何も語らず、再びあたしの後に付いて来てる。
まさかあたしの寝室まで付いて来るつもり? 正直、そんな勢いだ。でもちょっとそれは困る。なので、スタスタスタ......ピタリ。
遂にあたしは、軽快なステップを止めたのでした。
「おっと! またヤギが来るのか?!」
「悠真さん、正直迷惑なんです。あなたがどんな人かも分からないし、あたしの父は佳奈子の山菱酒造で働かせて貰ってます。
なので、佳奈子とこれ以上仲を悪くする訳にはいかないんです。こんな所を彼女に見られたらまた誤解されます。なので......この辺りで許して貰えないでしょうか?」
「別に俺は君に付きまとってる訳じゃ無い。たまたま行く方向が一緒なだけだ。だから無視して貰って一向に構わない」
「ふうっ、そうですか......」
一つ大きな溜め息をつくと、あたしは皮肉混じりの薄ら笑みを浮かべた。