立ちはだかる壁
今思い返してみれば......この時既に加奈子は、死を覚悟してたのかも知れない。そんな訳だから、
「加奈子止めろ! もう同じ過ちを繰り返すな!」
「ええ、確かに5年前あたしは過ちを犯したわ。だから今度はもう失敗しないつもりよ!」
バサッ!
何をしたかと思えば、なんと! あたしの前髪を乱暴にたくし上げたの。
「いやぁ!」
そこに現れたものと言えば、未だ半分が真っ赤に焼き爛れたあたしのおぞましい顔。2度と思い出したくも無い過去の記憶そのものだった。
「もしあの時、この顔を全部焼いてたら......さすがの悠真君も縒りを戻そうなんて思わなかったでしょうね。ほんと一生の不覚だったわ。
ちゃんとやってれば神社に火放ってあんたに罪を被せる必要も無かった。でもまさかあんな大惨事になるとは思って無かったけどね......
今更後悔したってもう遅いわ。もう後戻りは出来ないの。安心して、あなたの顔のもう半分を焼いて殺したら、その後あたしも死ぬから。
悠真君......あなたにはまだ生きてて欲しいのよ。それで死ぬまで自分のしたことを後悔し続けて欲しい。悲しいけど、それがあたしの今際の言葉よ」
夜の公園は、驚く程にひっそりとしてた。言うまでも無く、あたし達以外に人の姿は無い。
そうともなれば、良からぬことをするに当たって、この場所は正に最適なシチュエーションと成り得てたに違い無い。
計らずもそんな場所へやって来てしまった時点で、既にあたし達の命運も尽きてたんだろう。
「さぁ、もう終わりにしましょう」
そんなあたしの慟哭なんかお構い無しに、渦中の加奈子はいよいよ話をクライマックスへと誘っていく。
やがて2つの瞳に松明の炎を映し出しながら、じわじわとそれをあたしの顔へと近付けて来た。
顔までの距離50cm
バチバチバチ......
そんな炎が近付くにつれ、あたしの顔はまるで何千本もの針が同時に突き刺さるような痛みに襲われていく。
熱い......
でもあたしは、絶対に目を逸らさなかった。例えこの顔を焼かれようとも、絶対に気持ちだけは負けない!
きっとそんなちっぽけなあたしの意地が、この場に及んで少しだけあたしの心を気丈にしてくれたんだろう。
そして顔までの距離30cm
風が吹く度に激しく舞う火の粉が、あたしの顔に触れては溶けていった。
真っ黒の煙がどんなにあたしの目に突入しようとも、
灯りに群がる虫の如く火の粉があたしの目を襲おうとも、
加奈子を睨み付ける2つの目は、絶対に閉じることをしなかった。
顔までの距離20cm
遂に松明の炎が、あたしの前髪を焼き始めた。
チリチリチリ......
耐え難い焦げ臭が執拗にあたしの鼻を刺激する。
熱い......熱い......熱い......
必死に炎を避けようとしても、屈強な男達の手で押さえ付けられたあたしの顔は、鋼鉄の杭で打たれたかのように1ミリ足りとも動かすことが出来なかった。
この場に及んでも、未だあたしの目は加奈子を睨み付けてた。それはあたしの心が、まだまだ挫けてないことの証だったに違い無い。
でもどれだけ気丈に振る舞ってても、長く生きてれば必ず越えられない壁と言うものが出現してしまうもの。
そして今、あたしの前に立ちはだかる怒り狂った加奈子は、正にそんな壁だったに違い無い。




