たこ焼き
やがて悠真はそんな『たこ焼き』を一気に飲み込むと、向日葵の正面に立ちそしてゆっくりと口を開いた。
「向日葵、よく来てくれたな。正直、夢かと思ったぜ」
「うん、実はあたしをあそこへ導いてくれたのは......賢也だったの」
「えっ、賢也が?」
「そう......賢也が導いてくれたのよ」
「そっか......なら今俺達が2人でこうして一緒に居れるのも賢也のおかげってことなんだな」
「うん、賢也と......それと大地君と実菜ちゃん、それから東京であたしを助けてくれたみんなのおかげ」
「なるほど......」
『たこ焼き』を頬張りながら、虹色に包まれた橋を見詰める2人の顔は実に穏やかだった。きっと百難を越えて、ようやく掴んだ一時の幸せを噛み締めてるに違い無い。
「このたこ焼き、今まで食べて来たどのたこ焼きより美味しいわ」
「そっか? こんなに冷えてるのに?」
「ええ......」
※ ※ ※ ※ ※ ※
正直、今あたしが言ったことに嘘は無かった。
『たこ焼き』がこんなに美味しいなんて! 自分でもちょっとびっくりしてる位。
確かにこれまで緊張の連続で、何も食べて無かったってことも有るけど、このきれいな橋の景色を見ながら、そしてこの人と一緒に食べれるものなら、美味しく無いもの何て有る訳無いとも思った。
そんな『たこ焼き』をこの人と2人で頬張りながら、虹色にライトアップされた橋を見てると、なんだかそれが縁日の灯りに見えて来てしまう。
提灯
松明
線香花火
真っ赤なのれん
ピンク色の浴衣
メロンシロップのかき氷
屋台の裸電球......
そんな秋祭りの景色を、この橋が全て担ってくれてるような気がしたのも、きっとあたしだけじゃ無かったと思う。
なんと無くだけど......今あたしは5年前の秋祭りと言う過去の時間に、再びタイムスリップしてるような気がしてならなかった。
もしかしたらあたしの脳が忌々しい過去の記憶を、幸せな時間へと上書きしてくれてるのかも知れない。
でも何度記憶の上書きを試みたところで、賢也を初めとして、多くの犠牲者を出したと言う現実を変えることまでは出来る訳も無かった。
やがてあたしがたこ焼きを食べる手を休め、肩をすぼめながら、
ふぅ......
一つ大きなため息をつくと、
「向日葵、寒いか?」
そんなあたしの些細な仕草に気付いてくれた悠真君が、サイドバッグから今取り出したばかりのジャンバーをあたしの肩にそっと掛けてくれた。
そっか......まだ水浸しだったんだっけ。
悠真君に言われて、初めてそんなことに気付いてしまうあたし。
結構長い時間バイクの風に当たってたから、ピンクの浴衣はだいぶ乾いてる。でも座席と密着してたお尻の辺りはまだビチャビチャ。確かにちょっと体温低下中かも。
「ありがとう」
そんなジャンバーはあたしの浴衣とペアを組むには実にアンバランス。かなり地味な色だから。でもその生地には悠真君の優しさと愛情がたっぷりと染み込まれてた。
自然とあたしの頬は、浴衣と同じピンク色へと染まっていく。きっとジャンバーの温もりが、頬に桜色の染料を流し込んでくれたんだろう。
そんなジャンパーの襟を立てながら、徐にあたしは天を見上げた。すると夜空には無数の星が。




