救世主
※ ※ ※ ※ ※ ※
この時、あたしの心も身体も、宙に浮いていたことを今でもはっきり覚えてる。きっと百難を越えてここまでやって来たことが、報われた瞬間だったからなんだろう。
もしヘリコプターが無事に着陸出来て、心も身体も健康だったとしたら、大勢の人の前で尻込みしちゃって、言いたいことも言えず仕舞いだったに違い無い。
そんな意識が朦朧としてたお陰で言いたいことを言えたことも、
ヘリコプターが不時着した場所が結婚式会場の池だったことも、
池の中に落ちたにも関わらず水を飲んだだけでほぼ無傷だったことも、
更には、今悠真君の腕の中に居ることも、それら全てが偶然にしては話が出来過ぎてるような気がしてならなかった。
もしかしたら今あたしは、誰かが決めた物語の主人公になってるのでは? なんて、本気で思ったりもしてる。もしそれが物語だとしたなら、その作者はきっと賢也なんだろう。
賢也、ありがとう。あたし、頑張ったよ......
そんな物語も、ようやくハッピーエンドを向かえるのかな? なんて......あたしが都合のいいことを考えた矢先のことだった。
突如空想の世界から、あたしを引き摺り戻すかのように、更なる壁があたし達の前に現れたの。
「ダメ、絶対に行かせない! 悠真君、今ここを去ったりしたら会社はどうなるか分かってるの? あたしの一言でどうにでもなるのよ!」
ああ、その声は......
悠真君の結婚相手って......
あなただったのね!
正直、それが驚きでもあったし、ショックでもあった。そして身体の芯から込み上げて来る恐怖にあたしは竦み上がってしまった。
もしかしたら......
あたしが5年前に記憶を失ったことも、全ての感情を失ったことも、その理由は、賢也の死によるショックだけじゃ無かったのかも。ふとそんなことが頭を過る。
今あたしは、恐くて目を開けられなかった。もし目を開けて、5年前のようにまたあの凍り付く視線を浴びてしまったら、あたしの脳はまた現実逃避の世界へと、自らをを引き摺り込んでしまうんじゃないか......そんな気がしてならなかったから。
ところがここで、再び救世主があたし達の前に現れてくれた。その声には聞き覚えが有る。
「悠真、さぁ行け! そんな脅しに屈する必要は無い。お前はお前の選んだ人生を突き進めはそれでいいんだ!」
それは、悠真君のお父さんの声。その声に勇気付けられたのか、気付けばあたしはゆっくりと目を見開いていた。
すると真っ先に映ったものはと言えば、何と! お父さんが今、引いて来てくれたばかりのバイク。きっとこれに乗って逃げろってことなんだろう。
「親父......それでいいのか?」
「子を守るのが親の勤めだ。子の人生を犠牲にしてまで、守るべきものなど無い!」
「分かった。そこまではっきり言ってくれれば俺もふん切れが着くってもんだ。親父......恩にきるぜ!」
「さぁ、行け! その娘さんを幸せにしてやれ」
「OK!」
突然として未来が切り開かれた悠真君は、直ぐ様そんなバイクに火を入れた。
ブルルン、
ガガガガッ!
「さぁ向日葵、しっかり俺の背中に掴まってろ!」
「う、うん!」
いつの間にやら悠真君は、あたしに何かを被らせてる。この被り心地は記憶に有るところ。あたし専用のヘルメットだ。
「ダメ、行かないで! もうこれ以上、あたしを苦しめないで!」
一方、そうさせてはならじと、誰かが身を挺して立ちはだかる姿が。意識が朦朧とする中、あたしが「危ない!」って思わず叫んだその時のこと。
「加奈子、もう止めろ!」
その者の手を引っ張る者が!
それはなんと、大地君だった。きっと彼も加奈子の惨めな姿をこれ以上見たく無かったんだろう。
その後もうっすらと意識は残ってたけど、何がどうなって、どこがどうなったのかは全く記憶が残って無い。
ただ必死に悠真君の暖かい背中にしがみ付いてたことたげは、しっかりと覚えてる。正直、今のあたしに取っては、もうこれだけで十分......そんな気持ち。
この先、あたしと悠真君の未来がどうなるのか何て全然分からなかったけど、今だけは愛するその人の温もりを感じていたい......そんな些細な欲が満たされてるだけで、今は十分だった。
この時間が永遠に続いて欲しい......悠真君の大きな背中に顔を埋めながら、そんな小さな幸せを願い続けるあたしだった。




