フィアンセ
一方......
そんな清水の舞台の袖では、1人の若者が爪を噛みながら落ち着かない様子で、ウロウロ...... 腕組みして、眉間に100本のシワを寄せてる。
何か悩みでもあるのだろうか?
※ ※ ※ ※ ※ ※
もう6時じゃん! あと30分で俺が結婚だと?
マジかよ?!
とは言っても、今更じたばたした所で俺の運命が変わるとは思っちゃいない。なんせこの結婚は、俺が自分の意思で決めたことなんだからな。
でもどうしたって諦め切れん!
俺にそいつのことを諦めろって言われても、それは無理な話だ。だって1度は本気で愛した俺の女神様だったんだからな......
まだ俺のこと、思い出してくれないのか? もうすぐタイムリミットになっちまうんだぜ。ああ、もうダメだ......
そんな苦痛の表情を浮かべて悶え苦しんでる俺の前に、1人の初老がやって来た。
「おお、悠真......浴衣似合ってるじゃないか」
誰かと思えば、
「なんだ......親父か」
そんな身近な人物だった。
「なんだ親父かは無いだろう。どうした? こんな目出度い日に浮かない顔しおって」
「いや、別に何でも無い」
するとこの場に及んで、親父は飛んでもないことを言い出したのさ。
「今ならまだ間に合う。もしお前が嫌なら断ってもいいんだぞ」
そんな無茶な話だった。
「もう止めてくれ。断ったりしたら親父の会社が潰れちまうんだろ。大勢の大事な社員達が路頭に迷っちまうじゃんか。この場に及んで何言ってんだ? この結婚は俺が望んですることだ。もう2度と言うな」
「そ、そうか......分かった。すまん......」
「だから謝るなって!」
もう本気で止めて欲しかった。親父からそんなこと言われると、決心が鈍っちまうじゃねぇか!
そんなちっぽけな葛藤を、俺が怒りで吹き飛ばしたその時だった。
「悠真君、何喧嘩してるの?」
「えっ、あ、君か......いつからそこに居たんだ?」
さすがにこれはちょっと不味いと思ってしまった。なんせ今突然現れた女史は、なんと俺のフィアンセだったんだから。聞かれていい話とダメな話ってもんが有る。
そんな俺のフィアンセは、水色の浴衣姿。草履も簪も全て水色で統一してる。それはそれで、中々似合ってると言ってやりたい。
屈託の無い笑顔を浮かべてるところを見ると、俺と親父のつまらん攻防は見られて無かったようだ。情けない話だが、ちょっと胸を撫で下ろしてしまった。
「今来たばかりよ。あら焦ってるの? 何かお父さんと良からぬ話でもしてたんじゃ無いの?」
「な、何言ってんだ?!」
「冗談よ。そんなことより天気は大丈夫かしら? 何だか風が強くなって来たし、空が雲で覆い尽くされて来たわ」
とにもかくにもこのフィアンセは賢い女。いつも俺の心を見透かされてるような気がしてならない。
きっとそんな怪しい空気を、直ぐに察したんだろう。すると親父がすかさずカットインを入れて来た。
「雨が降るのは夜半からだそうですよ。まぁ、式の間はもつでしょう」
「そうですか、それは安心しました。晴れの時も有れば、雨が降る時も有るでしょう。でも雨が降った後は必ず地面は固まります。なんか、あたしと悠真君みたいですね」
果たして......俺はこのフィアンセと結婚したとして、上手くやって行けるのだろうか?
そんな疑問を持ってるのは、きっと俺だけじゃ無い筈だ。
「私も妻とはこれまで色々有りましたけど、こうして今日までオシドリ夫婦を続けています。人には皆いい所と悪いところが有るもの。
互いの短所を互いが補いながら共に生きて行くのが夫婦だと思ってます。この悠真も然りです。どうかこの悪童を末長く宜しくお願いします」
本来なら威厳を示すべき新郎の父親が、なぜか嫁に深々と頭を下げてる。
それってもう結婚する前から俺の負けを認めてるようなもんじゃねぇか!
でも実際のところ、結婚する前から勝負はついてた。
この式の為に掛かる莫大な費用は全て新婦側持ちだし。
身内だけで静かに式を挙げましょうって、最初親父は提案したらしいけど、だったら結婚は取り止めで会社への融資も凍結するって脅されたそうだ。
もう涙が出て来るぜ......
そんな静かな攻防が繰り広げられながらも、時刻は18:20。
あと10分もすれば、そんな『秋祭り』が開始されるってその時のことだった。
「ご両家の皆様、それでは間も無く式が始まります。ご準備の程宜しいでしょうか?」
気付けば、これまた浴衣を纏った主催者側の紳士が温かい笑顔を浮かべてる。
「はい、大丈夫ですよ」
おっと、いつの間に俺の母親が来てたんだ? と思えば、
「今日は幸いにも大勢の方がお越し頂いています。いい式になればいいですね」
相手方の両親も揃ってた。
よくよく考えてみれば、もう10分前だ。
逆に集まって無ければ式が開けられんだろう。




