庭園
「大阪までは距離200Kmで、ヘリは大体時速200Kmだから理屈上は間に合う計算だ。
でも街のど真ん中に不時着する訳だから大騒ぎになるだろうし、そもそも不時着出来る場所が有るのかも分からん。それと......ちょっと雲行きが怪しいんだよな」
大地君の表情が空と同様に暗雲が立ち込めたその時のことだった。
ピカッ!
ドドドドッ......
突然目の前が真っ白に染まる。
「かっ、雷?!」
「しかも、凄い積乱雲だ」
「だっ、大丈夫なの?!」
「わ、分からん」
厚い積乱雲で覆い尽くされた大空は、いつの間にかその光を失って、そこへと突き進むヘリコプターは、まるでブラックホールに吸い込まれて行くかのようだった。
「迂回は出来ないの?」
「出来るけど、式に間に合わなくなるな」
「じゃあ、どうするの?」
「突っ込むしか無いだろ」
「......」
大地君の話だと、ヤバくなったら直ぐに戻るから大丈夫! ってことらしいけど......本当に大丈夫なのかな?
あたしはヘリコプターに関しては素人だし、少なくとも素人じゃ無い大地君が大丈夫って言ってるんだから、今はそれを信じるしか無いと思った。そんなこんなで......
「向日葵、しっかり掴まってろ!」
「あたしは大丈夫。頑張って!」
「ラジャー!」
時刻は間も無く5時半。あと1時間もすれば、悠真君の結婚式が始まる。
大地君のお陰で、何とかここまでやっては来れたけど、神様は最後に大きな壁をあたしに与えたかったらしい。それは『大自然』......そんな名の巨大壁だ。
果たして最後に来て、そんな大きな壁を越えることが出来るのだろうか? 多分その答えを知ってる者が居るとするならば、きっと神様だけなんだろう。
今のあたしに出来ることが有るとするならば、ヘリコプターにしっかり掴まってることと、
神様、それと賢也......
どうかあたし達を守って下さい。
祈るくらいのものだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
10月20日(日)18:00
一方その頃、
大阪市内、帝徳ホテル1階、桜の庭園では......
「いやぁ、凄い人の数だな。うじゃうじゃ居るぞ」
「やっぱ一流企業の跡取り同士の結婚ともなりゃ、こんなもんなんだろ」
「軽く見積もっても300人は居るな。まぁ、それはそれとして......」
「どうした?」
「俺達は何でこんな格好してんだ?」
「ハッ、ハッ、ハッ、別にいいじゃんか。滅多にこんなの着る機会無いんだから。お前結構似合ってぞ!」
「そっ、そうか?」
『企業関係者』そう書かれた受付の列に並ぶそんな2人の男性はなぜか浴衣姿。
よくよく見渡してみれば、来賓客はもとより、式場スタッフ、ホテル従業員、その他清掃員も含め全ての人達が色取り取りの浴衣を纏ってる。
「なんか新郎新婦の意向で、今回の結婚式のコンセプトは秋祭りらしいぞ。まぁこれも仕事の一環と思って付き合うしか無いな。ハッ、ハッ、ハッ」
「春だけど秋祭り? なるほど......だから庭園にいっぱい屋台が建ってるんだな。ならば式の開始が夜なのも分かる気がする」
「祭りに屋台って言えば夜だもんな。それはそうと、色々サプライズ演出が有るそうだぜ」
「サプライズ演出? 例えば神主さんがヘリコプターで登場して来るとか?」
「全然有るかも知れんな。なんせたった1時間程度の式でこれだけ金掛けてるんだから。全く金持ちの金の使い方は理解出来んよ」
見れば庭園の周りには、弧を描くようにして屋台が連なってる。射的、金魚すくい、わた飴、りんご飴、などなど......
どれも普通に営業を開始してて、早く着いた子供達やらカップルやらがいち早く『秋祭り』を満喫してる様子だ。
そんな大きな庭園の大きくて底深い池の前には、清水の舞台を真似たステージが。そこには無数のバイプ椅子が置かれてる。きっと時間になれば、ここで式が厳かに行われるのだろう。
もはやホテルの庭園は、その隅々までが完全なる田舎村のお祭り広場と化してたのである。
それは主催者側の徹底したこだわりと言わざるを得なかった。




