飛んだ!
「とにかく早く乗ってくれ! 運転には自信が有るから大丈夫だ。早くしないと間に合わなくなるぞ!」
今あたしの目の前で大風と爆音を立ち上げ続けてる真っ赤な物体はヘリコプター。
5年前、高校の写生会で筆を走らせてた時は、まさか自分がそれに乗ることになるとは夢にも思って無かった。しかも浴衣姿で。
「ヒマちゃん、大地君を信じてあげて。彼がそう言ってるんだから大丈夫だよ。2人乗りだからあたしは行けないけど、もし生きて帰れたらまた会おうね」
「うん......分かった」
実菜ちゃんの意味深な言い回しはちょっと気になったけど、命を掛けるって宣言した以上、もう大地君の腕を信じるしか無かったってこと。
「じゃあ実菜、キャベツ畑のこと頼んだぞ。しっかり育ててくれよ」
「分かった。大地君の分まで頑張るよ!」
何で最期の挨拶を交わしてるのかは分からなかったけど、きっと冗談なんだろう。それが冗談でも冗談じゃ無くても、あたしは1度乗った船から降りるつもりは無い。あとは運任せ、神任せだ。
「じゃあ行くぞ!」
「お願い!」
「行ってらっしゃい!」
やがてそんなヘリコプターは、あたしの不安な気持ちを他所に、
バタバタバタッ!
ガタガタガタッ!
「おっとっと......ヤ、ヤバい!」
「だ、大丈夫?!」
夕日で真っ赤に染まった大空へ、フラフラと舞い上がって行ったのでした。
(注:これは小説の世界の話で、実際は免許無しでヘリコプターは運転出来ません)
そんなヘリコプターの行き先は言うまでも無い。悠真君が今にも結婚式を挙げようとしてる大阪の中心部に軒を連ねる帝徳ホテルだ。
ちなみにあたしは、花咲向日葵の時も山村琴音の時も、飛行機に乗ったことが無い。当たり前だけどヘリコプターも然り。なので、
グラグラグラッ!
「おおおっ!」
ゴゴゴゴゴッ!
「あれれれれッ!」
どんなにヘリコプターが揺れても、どんなに風に煽られようも、空飛ぶ乗り物とはそんなものなのかと、特に恐いとは思わなかった。きっと知らぬが仏なんだろう。
そんな中、何気に視線を落としてみると、小川沿いの1本道を1台の自転車がユラユラと走ってる姿が。
「あっ、お父さんだ!」
あたしは思わず身を乗り出して、
「お父さ~ん! こっち、こっち!」
両手を振りながら大声を上げてた。いきなり村を出ちゃったから、ろくに挨拶も出来て無い。ちょうど気になってたとこだの。
この時、高度はまだ30メートル程度。飛び上がったばかりだから、そんなお父さんの顔まではっきりと見える。あたしが見えてるんだから、きっとお父さんもあたしが見えてるんだと思う。
何やら自転車を停止させて、一生懸命何か叫んでるみたいだけど、エンジン音と風の音で全然聞こえ無かった。でも手を振ってくれてるから、きっと『頑張って行って来い!』とでも言ってくれてるんだろう。
「お父さん、ありがとう! あたし幸せになるからね!」
そんなあたしも、お父さんに向かって大声を張り上げた。声は聞こえて無くても、気持ちだけは伝わったんじゃ無いのかな。
そんなすったもんだの末......5分も経過すると、機体の揺れも徐々に収まって来る。やがて遥か足下に大きな街明かりが見えて来た。
「向日葵、キレイだろ。あれが麓の街だ。よくお前もお母さんの車で行ってたよな」
「うわぁ、キレイ......」
正直言って、こんなに幻想的でキレイな景色を今まで見たことが無かった。これだけでも生きてて良かったとつくづく感じ入ってしまう。
それと同時に、
賢也にも見せてあげたかったな......
ついついそんなことを思っては、感傷に浸ってしまうあたしがそこに居た。
賢也......もうちょっと待っててね。どうなるかは分からないけど、あたし今悠真君の所へ向かってるから!
とは言っても......実際のところ、一寸先は闇。なんせあたしに取っては昨日のことでも、悠真君に取っては5年も前の話なんだから。普通は気持ちも色褪せて来るよね。
でも後悔だけはしたく無かった。だから当たって砕けて来るつもりなんだわ。
そんなあたしが自問自答を繰り返しているうちにも、いつの間にやら高度は500m。それは東京スカイツリーの展望台とほぼ同じ位の高さだ。そんな高さともなれば、建物や車がもう豆粒くらいにしか見えない。
ほんと自分が高所恐怖症じゃ無くて良かったとつくづく思ってしまった。
「大地君、何とか飛び上がったみたいだけど、時間は大丈夫そうなの?」




