招待状
「う......ん......賢也......悠真君......」
「ひっ、向日葵?!」
「ヒマちゃん?!」
あたしは本気でこの2人に感謝しなければならない。もしこの人達が来てくれなければ、翌朝には冷たくなって、4匹目のホタルになってたんじゃ無いかな......
「ここは......どこ? あなた達は......」
でも実際、少し頭の中が混乱してたことも事実だった。まだ頭がボーっとしてる。
「おっ、起きたのか?!」
「お目覚めなの?!」
再び鼓膜を揺らしたそんな2人の声が、目蓋の重いシャッターをこじ開けてくれたらしい。何だかやたらと眩しかった。
「ひ、向日葵、どうしちまったんだ?! 向日葵が消えたってお父さんから聞いたんで必死に探したんだぞ! お前何でお地蔵様の前で寝てんだ?」
「ゆ、ゆ、悠真君?!」
何だか目が霞んでよく見えなかった。
「俺は大地だ!」
「ヒ、ヒマちゃん、良かった! やっと目覚ましてくれたのね。もう起きないかと思ったよ」
でもようやくはっきり見えて来た。この坊主頭は悠真君じゃ無い。
「み、実菜ちゃん! なんで大地君なんかと結婚してんの?! キャベツ畑継ぐつもり?」
「ひ、向日葵......」
「ヒ、ヒマちゃん......」
「何変な顔してんの?」
「やったぁ! 記憶が戻ってる。向日葵の復活だ!」
「ヒマちゃん、今度こそ本当にクレープ食べに行けるね!」
正直、この時のあたしの脳はまだ完全に混乱してたと思う。それもその筈。山村琴音の記憶と花咲向日葵の記憶が突然一つに繋がっちゃったんだから。
そんな5年間の時差ボケも、ちょっぴり大人になった2人の顔を見てたら、一気に回復を始めてくれたらしい。きっとあたしは、浦島太郎になっちゃったんだろう。
するとなぜか突然、大地君が声を荒げて来た。
「向日葵!」
「えっ、な、なに?!」
「お前の記憶が戻ったんなら、河村悠真のことで、どうしても話しとかなきゃならんことが有るんだ」
「大地君! その話はまた今度にしよう。ヒマちゃんは今記憶が戻ったばかりなんだからさ」
何となくだけど......あたしも大地君が何を話そうとしてるのか分かってる気がする。多分、あのことだあ」と思うよ。
一方実菜ちゃんは、少しムッとしてた。きっと『少しは空気を読みなさい!』って、心の中で大地君に説教してたんじゃ無いのかな?
「今言わないでいつ言うんだ?! だって今日は......」
「今日は誠也さん......いいえ、悠真君の結婚式なんだよね」
ちっぽけなあたしの意地だったと思う。そんな訳で、先回りしてしまった。
「ヒマちゃん......」
「知ってたのか......」
多分あたしは、記憶力がいい方なんだろう。東京で不良達から誠也さんに助けられた時のことを、今でもはっきり覚えてる。
4月20日の18時半から大阪の帝徳ホテルで式を挙げるって言ってた。今日がその4月20日で、今がちょうど17時だから、あと1時間半で悠真君は晴れて既婚者になるってこと。
本音を言っちゃうと、確かに悔しいし、死ぬ程に辛かったりもする。だって5年前に楽しく過ごした悠真君との記憶は、今のあたしに取ってついさっきのことなんだから。
「向日葵! お前河村悠真のことがあんなに好きだったじゃねぇか! あいつだって今でも向日葵のことが好きで仕方が無いんだ。これを見ろ」
気色ばんだ顔して大地君がポケットから出したものと言えば、それは桜の花が描かれた3通のメッセージカード。
「これは......」
「結婚式の招待状だ。2通は俺と実菜宛てでもう1通は分かるか? 宛先は誰になってる?」
「まさか......これって......」
正直あたしは目を疑ってしまった。皿のように見開いたあたしの目には、『花咲向日葵様』って映ってる。往復ハガキに記された参加・不参加の文字の上には、まだ丸が記されてない。そんな招待状だ。
何でそんなあたし宛の招待状が大地君に届いてるのかは全くもって不明。
「もちろんあたしと大地君は欠席に丸して返したわ。それはいいんだけど、ヒマちゃん宛てにも出して来るのって、ちょっとバカにしてると思わない? あたし頭に来ちゃった!」
「それが逆なんだよな......君達は男の本音がまるで分かって無いね。ちなみにこの3通の招待状が入った封筒には別に手紙も入ってたんだ。
『もし向日葵がそっちに戻るようなことがあったらこの招待状を彼女に渡してくれ』ってね」
「それのどこが男の本音なの?! ヒマちゃんの気持ち知っててこんなの送って来るなんて最低よ!」
「だから違うんだって! 向日葵が来なけりゃ、俺は結婚しちまうぞ。それでいいのか?! って、ここにはそう書いてあるんだよ。だいたい実菜はな、いつもそうやって......」
そんな2人の仁義なき口論を見てて、何だか哀れな自分が本気で情け無くなって来てしまった。
正直言って......
お地蔵様の土の下に埋められてた賢也の願い事を見るまでは、賢也を差し置いてあたし1人だけが幸せになるなんて、絶対に出来ないって思ってた。
でも賢也が最期に残した願い事は、あたしと悠真君が結婚して幸せになること。




