賢也の願い
悠真君......こんなあたしを愛してくれて、本当にありがとう。それと......賢也に優しく接してくれてありがとう。
今でもあたしは、あなたのことを心から愛してます。5年経った位でその気持ちが色褪せることは有りません。
悠真君......いいえ、誠也さん。
確かあなたは、別の人と結婚するんだったよね。それが4月20日の今日だなんて......神様は何て皮肉な仕打ちをあたしに課すんだろう。
あなたの顔を思い浮かべると、今も胸が破裂する程に締め付けられる。
辛い......本当に辛い。息が出来ない程に苦しくて、苦しくて、もう窒息しちゃいそう。
でもあたしは賢也の願い事が叶わないのに、あたしだけ幸せになる訳にはいかないの。ごめんね......悠真君。あたしのこと何か忘れてその人と幸せになって。
そんな悠真君の願い事を見てしまったあたしの目からは、大粒の涙が止め処も無く流れ落ちて来た。
そんなあたしの姿を見て、未練を残した賢也の魂が少しでも慰められるのなら、きっとあたしの涙も決して無駄じゃ無いんだろう。
そんな悠真君に、心の中で別れを告げたあたしは、唇を噛み締めながらゆっくりと顔を上げた。
正直、3枚目に認められた願い事を見るのが辛かった。そして恐かった。なぜならそれは、もはや叶うことが無い愛する賢也の願い事だったのだから。
でもそれが弟の未来を失わせた無能な姉の務め。逃げること何て、出来る訳も無かった。
きっと賢也もそれを見て貰いたくて、リリーとゴローと共にホタルに姿を変え、ここへあたしを導いたに違い無い。そうともなれば尚更だ。
賢也......
今からあたしはあなたの願い事を掘り出して、しっかりと見届けるから。
安心して。あたしは逃げたりしないよ。
やがてそんなあたしは、3つ目のホタルの下の土を掘り返した。ちょっと手が震えてたけど、何とか掘り起こせそうだ。
すると最後の1枚が、直ぐに顔を見せてくれる。これが、賢也が生前最期に残した彼の気持ち。そして願い。
あたしはそんな願い事を開く前に、合掌し、そして目を瞑った。
お母さん......
この5年間、本当に辛かったよね。お母さんが生きてるうちに、本当の向日葵に戻れ無くて、ごめん。
今から賢也が最期に残した願い事を開けるよ。お母さんも一緒に賢也の無念を見てあげて。きっと賢也も喜ぶだろうから......
出来ることなら、賢也に幸せな結婚をさせてあげたかった。今から開くこの紙に書かれてるようにね......
そして遂にあたしは、意を決して三つ折りに畳まれた賢也の願い事を開き掛ける。すると3つ目のホタルが近寄って来てくれた。あたしが見易いように助けてくれたんだろう。
あたしは分かってた。そのホタルこそが賢也だってことをね。
やがてあたしはここで、衝撃の事実を知ることとなる。
「な、なんてこと?!」
それは......こんな文章だった。
『大好きなお姉ちゃんと、大好きな悠真が結婚して、幸せになりますように。
それが僕の願いごとだよ。どうか神様、僕の願いを叶えて。2020年10月9日 花咲賢也』
時刻は5時ちょうど。
御影村の最奥に位置する御影神社のちょうど裏側、気付けばあたしはお地蔵様の前で、ショックの余り、全身の力が抜けて意識を失ってた。
あまりの衝撃に耐えられなくなったあたしの脳が、無理矢理スイッチをオフにしてくれたんじゃ無いのかな......
一体あたしはどこまで愚かな人間なんだろう。いくつになったって自分のことしか考えられない自分に、いい加減嫌気が差して来た。
それに比べて......
賢也はあたしなんかよりずっと年下なのに、自分のことは差し置いて、あたし達の幸せだけを願ってくれてた。
もう正直、このまま意識を失ったままでいれたらどんなにいいことか......何て、本気でそう思ったりもしてる。
でも今のあたしには、本気であたしを心配してくれる人達が存在してたことも事実。
そんな心優しき人達が、こんなあたしの窮地に手を差し伸べない訳も無かったのである。
その証拠に......
「向日葵! どうしたんだ?!」
「ヒマちゃん、探したんだよ!」




