願い事
「賢也......ごめん。あたし......あなたを助けられなかった」
「あれは僕の運命......仕方無いんだよ。そんなことより......もう時間が無いんだ。さぁ、行こう」
「さぁ、行こうって......どこへ......」
「僕に......付いて来て」
「分かった......」
そして......
気付けばあたしは
いつもの緩やかな坂道を
登ってた
3つを数えるホタルの
淡い光を追って
いつもはまっ暗闇なこの坂道も
今日は月明かりに照らされてる
今あたしが居る世界は
夢の世界なのか?
現実の世界なのか?
それとも
その狭間の世界なのか?
正直
それは分からない
「ここはどこ?」
そんな世界の中で
ゆっくりと歩き続けるあたし
すると、
サラサラサラ......
何やら
木の枝葉が風で揺れる音がしてくる
しかも至る所から
それと砂利や草を踏む感触が
足の裏に伝わって来る
間違い無く今あたしは
夢の中で何度も歩いたその道を
現実の世界で歩いてるんだろう
それはほんと
不思議な感覚だった
やがてあたしは
今日もここで足を止めた
なぜそこで
足を止めたのかは分からない
ただその場所に来ると
必ず足が勝手に止まる
きっと賢也が
あたしをこの場所へ
導きたかったんだろう
すると次に
天上から 目が眩む程の光が差し込み
辺り一面が真っ白になる
「眩しい......」
ただ一つだけ
感覚的に分かってることが有る
それはその光が
あたしの目の前に存在する何かを
映し出す為に照らされてるってこと
やがてあたしは
ゆっくりと前を見据える
すると
そこに有ったものは
お地蔵様だった
お地蔵様は
賑やかな笑顔を浮かべてた
「賢也......いつもあたしの夢に現れてくれてたお地蔵様は......あなただったのね」
「......」
そんな質問に対して、賢也は何も答えてくれない。
すると3匹のホタルは、お地蔵様の手前の土の上で止まって、更なる淡い光を放ち始めた。
「ここを掘れ......ってことなのね。分かったわ......」
あたしはその土の中に、何が有るのかを知ってる。
だってそのうちの1つは、あたしが埋めたものなのだから。
やがてあたしはゆっくりと歩き出し、そして1つめのホタルの下を掘ってみた。
すると、きれいに畳まれた1枚のA4用紙が顔を出す。
『悠真さんがいつまでも、あたしと一緒に居
てくれますように。2020年10月9日 花咲向日葵』
忘れもしない......それは5年前の秋祭りのその日、あの人と共に願いを込めて記した1枚。
でもそんな願いは過去のもの。あんな事故が起きてしまった今となっては、ほろ苦い思い出に過ぎなかった。
「あなたを助けることが出来なかったあたしに......幸せになる資格なんて無い」
思わずそんな独り言を呟いてしまったあたし。でもそれが本音。
賢也も生前、いつも彼女が欲しいって漏らしてた。
そしてあの夜、賢也は1人で危険なこの場所に戻って来てしまった。
その理由は他でも無い。そんな願いを紙に認めて、お地蔵様に願いを叶えて貰うが為。
彼がこの時に埋めた願い事なんて、今更見るまでも無いことだった。
次のもう1枚。
それはきっと直ぐあたしの隣、2つ目のホタルの下に埋められてるんだろう。
あたしは再び掘ってみた。
すると、またしてもきれいに畳まれた1枚のA4用紙が顔を出す。
『何が有っても、何が起こっても、どんなに大きな壁が立ちはだかっても、どんなに敵を作ろうとも、絶対に向日葵と結婚出来るように。 2020年10月9日 河村悠真』
そこにはそんな文字が認められてた。




