当番
これ以上佳奈子を追い詰めると、ほんと何するか分からないし......だからここはもうあたしが刀を収めるしか無いと思った次第。
それともう1つ......ここで感じたことが有るの。それは悠真さんも佳奈子に対し、微妙な距離感を保ってるってこと。
言うまでも無く佳奈子は、彼に強烈な好意を抱いてる。それはあたしに対しての敵愾心を見れば明らかなことよね。
一方、彼の方はと言うと、佳奈子に対して好意を抱いてるとは思えないけど、突き放してるようにも見えなかった。
今回の件も、ある種佳奈子を庇ったような終わらせ方だし。
そんなことより......
何でこの人は、いつもあたしの窮地に現れてくれるんだろう? ただの偶然ってこと? 因みにもう3日連続になるんだけど......
正直この時、あたしの心がやたらとザワついてたことも事実だったの。
「さぁ、午後の授業が始まるわ。教室に戻りましょう」
そんな釈然としないあたしの心を汲み取ってくれた実菜ちゃんが、あたしの肩をポンッ! と叩いて現実の世界に連れ戻してくれた。
ところが、そんなあたしに声を掛けてくれたのは、実菜ちゃんだけじゃ無かったの。
「まだ借りは返して貰ってないぜ、ひ・ま・わ・り。それじゃあ、また明日な!」
ポンッ。実菜ちゃんに続いて、なんと悠真さんもあたしの肩を叩いたのでした。
「また明日なって......」
また明日もあたしの前に現れるってこと?! 慌てて振り返ったけど、またしてもそこに彼の後ろ姿は無かった。
今日も昨日一昨日に続いて引き際は鮮やか。やっぱ彼は疾風に乗るのが得意なんだろう。
続いて、3発目のポンッ。今度は誰があたしの肩を叩いたのかと思えば、
「向日葵、彼氏が出来て良かったな。おめでとう!」
振り返ると、階段を駆け上がっていく大地君の後ろ姿が。
「ちょっと、あんた何バカなこと言ってんのよ!」
顔は見えないけど、きっとニタニタしてるんだろう。もう腹立つわ!
やがてそんな大地君の影を追って、顔がタコ色になったあたしも、8本足で修羅場から消え去って行くのでした。
まず実菜ちゃんが去り、悠真さんが去り、そして大地君が去り、続いてあたしも去り、そして誰も居なくなったとアガサが呟けば......
ビリビリビリッ!
こんな絵なんか!
こうしてやる!
こうしてやる!!
こうしてやる!!!
自ら描いた絵を、自らの手でビリビリに破り捨てる悩める乙女、山菱佳奈子がまだそこに居たりもする。
この時......
あたしに対する嫉妬心が、MAXに達していたことは間違い無いと思う。
でもあたしは、あまり深く考えないようにしようと思う。だって考え始めると、寝れなくなっちゃうから。
ああ、やだやだ......怖い、怖い。もう今日は早く寝て、全部忘れることにしよう。それが一番いいわ。
そして物語は......
更に大きな火種を残したまま、明日の修羅場へとまたまた続いていくのでした。
※ ※ ※ ※ ※ ※
そして翌日。
10月4日 木曜日 15:00
昨日の修羅場の残像が消え掛けた夕刻ともなれば、今日もキーンコーン、カーンコーン......
下校のチャイムが鳴り響く。
「さぁ、今日はあたしの当番だ。急がなくちゃ!」
真っ先に高校を飛び出したあたしは、赤トンボと共に畦道をひた走りに走り抜けて行った。
視界に入るものと言えば、ひなびた木造家屋と長閑な畑ばかり。そんな水彩画みたいな世界の中で、全力疾走するあたしは、きっと浮いた存在だったんじゃ無いかな。
「あら向日葵ちゃん。そんなに急ぐと転ぶよ。一緒に茶でも飲んでいかんか?」
畑仕事も3時になると一服タイム。そこは全国共通らしい。
山積みされたチンゲン菜の横で茶を嗜む老夫婦は3軒隣の高橋さん。気さくに声を掛けてくれたのは、奥さんの和世さんだ。
いつもならそんな井戸端会議に喜んで参加するんだけど、あいにく今日は木曜日。ちょっと日が悪い。
「和世さん、今日はあたし当番なの。ごめん、また今度ゆっくりね! ハァ、ハァ、ハァ......」
息を切らせながら、7割程度の笑顔で手を振るあたし。
「じゃあまた今度ね」
そんなあたしに、10割の笑顔で手を振り返してくれる和世だった。
せっかく誘ってくれたのにごめんね! ちょっと心が痛んじゃった。
タッ、タッ、タッ......