お母さん
自分のことを歓迎してくれて無いこの御影村より、2人が暮らしてる隠匿村へ飛んでって実菜ちゃんに会いたい......そんな衝動が心の中で渦巻いてたことは事実だった。
でもそんな怯んだあたしの心に活を入れてくれたのは他でも無い。大地君だった。
「向日葵......お願いが有る」
「なに......」
「頼むから昔のお前に戻ってくれ! 頼むから昔の記憶を取り戻してくれ! これは俺と実菜、それとお前の家族からの願いだ!」
「......」
あたしは大地君と実菜ちゃんに心から感謝しなきゃならない。
あたしがここへ来た理由は過去を知り、過去を乗り越え、そして本来の自分を取り戻す為。そんな当たり前のことを一瞬でも忘れ掛けた自分が恥ずかしくなって来る。
今実菜ちゃんと会ってもただ心配を掛けるだけ。本来の自分を取り戻してからにするべきだ。
「大地君......あたしはその為にこの村へ戻って来た。必ず過去を乗り越えて......元の自分を取り戻します。だから......この後何があっても、あたしは平気。さぁ......先に進もう」
「よし、分かった。とことん付き合ってやるぜ」
「お願い......ありがとう......」
こうしてあたしは自分の未来の為に、再び過去への道程を歩み始めて行ったのでした......
時刻は11:45
まずは大地君が第一歩を踏み出して行く。そしてあたしはその足跡を追って行った。
テクテクテク......
テクテクテク......
いつの間にやらそれまで天を覆っていた雨雲は姿をくらませてる。正午を越えた頃には、強い日差しがあたし達2人の濡れた衣服を乾かし始めてくれてた。
「向日葵、もう雨ガッパ脱いだらどうだ?」
「いいの......このままで......いたいから」
これを脱いだらまた真っ黒のリクルートスーツに逆戻り。なんか......心まで黒に戻っちゃうような気がして。だからピンク色のままで居たかった。
「まぁ、それもいいんじゃないか? 似合ってるしな」
「ほんとに?......子供用だけど......」
「ああ、十分似合ってるよ。おっと......ここが元村役場だった建物だぜ」
大地君が指差す方向に目を向けると、この村では珍しい2階建て。しかもコンクリート造。大きなガラスを通して中が見えるけど、埃まみれで人の姿は見えなかった。
「今はもう......やって無いの?」
「殆ど人が住んで無いからな。それでも昔は活気が有ったんだぞ。そうそう、お前のお母さんもここで働いてたんだぜ。そう言えばお前のお母さん車好きでな。家が直ぐ近くなのに車で通ってたらしいぜ」
「お母さんが......車好き?」
「その通りだ。御影村じゃ有名だったぞ」
「そうだったんだ......」
そんなこと全然知らなかった。東京では運転したこと何か1度も無かったし、運転してる姿なんて想像も出来ない。
あたし、お母さんのこと知ってたようで、全然知らなかったんだな......
今更のようにお母さんのことを思い出しちゃって、寂しい気持ちが振り返しそうになってしまうあたし。
でも今は泣いてる場合じゃ無い。涙が出そうになったら、上を見上げることにしよう......きっとお日様が涙を枯らせてくれるだろうから。
「さぁ、先を......急ぎましょう」
「そんなに焦らなくても、この村は狭いから大丈夫。それよりもむしろゆっくり景色を見た方がいいんじゃないか? 何か思い出すかも知れんだろ」
確かにそれもそうかと思った。でも残念ながら、さっきからどこを見ても初めて見る景色ばかり。
あたしの記憶を封印してる結界を崩すと言うことに関しては、何一つ役に立つものは無かったみたい。
でも大地君の言うように、焦ったところで新たな発見を見出せる訳でも無い。
あたしは逸る気持ちを押さえ付けるかのように、敢えてゆっくりと歩くことにした。そのせいか、少し心にゆとりが出来たよう気がする。




