ヒマちゃん
「とにかくこの村に足を踏み入れることは許さん!」
そんな言葉を吐き捨てた和世さんは、なおもあたしの顔に針のような鋭い視線を向け続けてる。
「す、すみません......お、お父さんに会いに来ただけなんです。用が済んだら......村から直ぐに出ていきます。なので......ほんの少しだけ、村に居させて......下さい」
正直、それだけ言うのが精一杯だったと思う。
ただ一つだけ分かったことが有る。それは、この村であたしは歓迎されて無いってこと。きっと和世さんの言葉は、全ての村民の気持ちを代弁してるんだろう。
「向日葵、謝ること何て無いぞ! ここはお前の故郷だ。居たいだけ居ればいいんだ! だいたい向日葵だってな、大事な家族を......」
「大地君、もういいの! 止めて!」
あたしなんかの為に声を荒げてくれる大地君の気持ちは確かに嬉しい。
でももうそんなことより、あたしは恐かった。この和世さんもそうだし、自分がまだ知らない自分が5年前にしたそのことが。
「ふんっ、とにかく用が済んだらとっとと出て行くこった! この疫病神が!」
「す、すみません......」
気付けばあたしは、深々と頭を下げてた。和世さんはとっとと回れ右して背を向けてる。
でもあたしは顔を上げることが出来なかった。まだ誰かが蔑むような視線を自分に向けてるような気がして。
............
............
............
「向日葵」
「......」
「もう和世婆さんは行っちまったぞ」
「......」
「もういい加減、顔を上げたらどうだ?」
「もう......誰もあたしのこと......見てない?」
「ああ、誰も見てない。俺だけだ」
「そう......」
ようやくあたしは顔を上げることが出来た。確かにあたしを見てるのは大地君だけっぽい。
「大地君......」
「なんだ?」
「あなたも......あたしが来て......不愉快?」
「そんな訳ねぇだろ。そうならわざわざバイクに乗せてここまで連れて来るか?」
「そっ、そうだよね。......あ、ありがとう、大地君!」
この時あたしは悲しみの中で、僅かな幸せを噛み締めてたのかも知れない。きっと大地君はあたしに取ってオアシスみたいな存在だったんじゃ無いのかな。
後で大地君から聞いた全然違う話なんだけど......
彼はついこないだ結婚したばかりで、奥さんはあたしの親友だったらしい。
きっと麓のフードコートでいつもあたしと一緒にクレープを食べてくれてたのも彼女なんじゃないのかな?
それであたしが居なくなった後もずっとあたしのことを心配してくれてたらしい。
こんなあたしを気に掛けてくれてる人が大地君以外にも居たなんて......それを知っただけで、更に嬉しくなってしまった。
それはあたしの心に更なるピンクの絵の具が大量注入された瞬間だったと思う。
「大地君......奥さんて......どんな人?」
「ん? 実菜のことか?」
「実菜さん......って言うんだ......」
「『さん』付けは止めとけ。実菜が悲しむ」
「じゃあ実菜ちゃん......でいいの?」
「昔はそう呼んでたぞ」
「それで......実菜ちゃんは......あたしのこと......何て呼んでたの?」
「知りたいか?」
「......うん」
「ヒマちゃん......って呼んでたぞ。俺はその頃から、向日葵! だったけどな」
「ヒマちゃん......」
「ああ......そうだよ」
この時あたしは、自分の気持ちを抑えるのに必死だったことを今でもよく覚えてる。




