廃墟
今正にあたしは、ちょうどこの地へ足を踏み入れたところ。
長靴の厚底を通しても、ゴツゴツした畦道の感触がしっかりと足の裏に伝わって来る。
気付けば、濁流のように降り続いてた雨も今はすっかりその鳴りを潜めて、雲と雲の隙間から差し込む日差しは、初めて見るそんなあたしの故郷らしき村の風景を、スポットライトのように照らし出してた。
思い返してみれば......遠かったような、近かったような、大変だったような、そうでも無かったような......
正直、あまり良く分からなかったし、驚く程に実感もわいては来なかった。きっとこの早過ぎる展開と時間の流れに、まだあたしの頭が付いて行けて無いんだろう。
そんな中......
今あたしは間違いなく故郷の大地に足を踏み入れ、頭をフル回転させてた。
「ここが......」
「そう......お前が生まれ育った御影村だ」
「そっか......」
上の空とも言えるそんなあたしの反応は、未だ深いモヤが立ち込めるあたしの心を、そのまま映し出してたのかも知れない。
さすがにこの地へやって来れば、多少なりとも何か思い出すのでは?
なんて密かに期待してやって来た訳だけど、残念ながら現時点であたしの脳は、何一つ化学反応を起こしてはくれない。
どうやらあたしの記憶喪失は、筋金入りだったらしい。心がモヤモヤしてしまうのも、きっと自然の流れなんだろう。
そんなモヤモヤ女子をまず最初に待ち受けてくれてたのは、
『日本酒の故郷、御影村へようこそ』
そんなキャッチコピーが記された古臭い木製のアーチだった。
よくよく見れば、至る所が腐食で朽ち果てて、今にも崩れ落ちそうで少しハラハラする。きっと長期間、手入れもされずに放置されてたんだろう。
なんかちょっと、嫌な予感が......
そんなモヤモヤの中、疲れたアーチを潜り抜けてみると、確かにそこはいっぱしの『村』だった。
緩やかにカーブする砂利道の両側には茅葺屋根の平屋が立ち並び、少し奥の方にはやや大き目な鉄筋コンクリート造の2階建建築が見え隠れしてる。
一言で言ってしまえば、確かにここはテレビや雑誌で見る山奥の村と何ら変わりは無かった。ただ、何かが違った。それは一体、何だったのかと言うと......
確かに家が軒を連ねてるけど、生活感がまるで感じられなかった。この家なんか窓ガラスが全部割れてるし、あの家なんかは扉が全開になってて野良犬が住み着いてるし......
確かに田園風景が広がってるけど雑草だらけ。あの田んぼなんてすっかり水が干上がっちゃってるし......
とにかく村中どこを見渡しても、朽ち果てて無い場所が1つも有りゃしない。
それとここが一番大事なとこなんだけど、人の姿が全く見えない! どうして?
まさかここって、ゴーストタウン?!
突如として、そんなテロップが頭の中を駆け巡ってしまうあたしがそこに居た。すると、
「少しショックかも知れないけど......これが今のこの村の姿だ。さっき話そうかとも思ったけど、自分の目で見るのが一番早いと思ってな」
やっぱ、そう言うことだったらしい。
「そうだったんだ。あたしは......大丈夫」
正直、かなりのショックだったし大丈夫な訳が無かった。
『御影村にはあなたのお父さんが居ます。まずはお父さんに会って話をしなさい。全てはそこから道が切り開かれるでしょう』
それはお母さんがあたしに残してくれた最期の道標。お父さんに会えなかったらここで話が途切れちゃうし、そんなことにでもなれば遥々ここへやって来た意味も無い。正直、そんなこと考えたくも無かった。
人が居ないってことは、お父さんも居ないってことでしょう?!




