大地くん
目を白黒させ、興奮気味でそんなことを言い出した若者は、見たところあたしと同じ位の年齢。
中肉中背の体躯に坊主頭。あたしと違って、真っ黒に日焼けしてる。村で暮らしてる人らしいから、きっと畑仕事でもしてる人なんだろう。
「あなた、向日葵......花咲向日葵を知ってるの?」
「知ってるのって......当たり前だろ。俺達同級生じゃねぇか。お前何言ってんだ?」
「あたし達が......同級生?」
「そうだよ......どうしちまったんだ? 記憶喪失にでもなっちまったか?」
これはもうちゃんと話さないと、話が噛み合わないと思った。
でもこんな所で長っ話してたら、またいつ熊が戻って来るか分かったもんじゃ無い。なのであたしは要点だけをかいつまんで、単直に事実だけを伝えることにした。
「しかじかこうこう......」
「ふむふむふむ......」
............
............
............
「まぁ......そう言うことなの」
「そっかぁ、色々大変だったんだな」
「うん......」
とにもかくにも人に話すってことは、自分の心が楽になるってことをあたしはここで十分に学ぶことが出来た。
気付けばそれまで激しく降り続けていた雨も、いつの間にやら小降りになって、雲の隙間から日の光が差し込み始めてる。これなら何とかまた頑張って山道を登れそうだ。
「向日葵、これから御影村へ行くんだろ」
「ええ......その......つもり」
「そっか......よし、分かった。なら御影村まで乗せてってやる」
「えっ、ほんと?!」
「まぁ、乗り心地は保証出来ねぇけどな。そんなことよりお前、裸足で歩いて来たのか?」
今更のように足元を見てみれば、もう片方のハイヒールも消えて無くなってる。あれだけの右往左往。そんなこと気付く訳も無かった。
「ちょっと待ってくれ。確か俺の妹の長靴が有った筈なんだけど......」
そんかことをブツブツ呟きながら、バイクのサイドボックスの中を探り始める同級生の大地君。すると、
「おう、有った有った。しかもお前が大好きなピンク色だ!」
笑顔を浮かべ、そんな色の長靴を頭の上に掲げてる大地君。
やっぱあたしは、ピンク色が好きだったんだ......
多分そうなんだろうとは思ってたけど、今それがはっきりして気持ちが妙にスッキリするあたしがそこに居た。
ピンクのヘアークリップ、ピンクの伊達メガネ、ピンクのキーホルダー、ピンクの雨がっぱ、そして、ピンクの長靴。
更には、
「よし、警察に捕まっちまうからこれ被ってくれよな」
ピンクのヘルメット。
大地君の話だと、これも妹さんの物らしい。それは正にあたしの心がほぼピンク色に染まり尽くした瞬間だったのでは無かろうか。
今更になって気付いたんだけど......
いつの間にやら頭に浮かんだことを自然と口が喋ってくれてる。きっと真っ黒だったあたしの心が、ピンク色を身に付けていく度に、心も明るいピンク色に染まっていってるんだろう。
「さぁ向日葵、一気に御影村まで駆け登るぞ!」
「そうそう、大地君。途中であたしのリュックサックが落ちてるから、それ拾ってね」
「ガッテン承知だ!」
「さぁ、お願い」
ブルルン、ガガガガッ......
多分この時点で既にあたしは『喜怒哀楽』と言うそれまで忘れてた感情の多くを取り戻してたんだと思う。
その証拠に、彼のことは全く覚えて無いけど、今この幼馴染みと一緒に居れることが楽しくてならなかった。
多分だけど......
あたしが花咲向日葵で居た頃は、こんな感じでいつも仲間達と楽しい人生を送ってたんだと思う。
だからもうあたしは、是が非でも花咲向日葵を取り戻したかった。




