一難去ってまた一難
何となくだけど......
あたしは無事それを取って来れるような気がしてる。
なぜかと言うと、もし取って来れないのなら、神様はあたしに伊達メガネを見付けさせなかった筈だから。
人呼んでそれを『究極のポジティブ思考』って言うらしい。
そんな思考が有るからこそ、人は難儀に打ち勝って成長していくもんじゃないのかとあたしは素直に思ってしまった。
ちなみに、雨はどんどんその勢いを増していき一向に止む気配を見せてはくれない。またそれに比例するかのように、どんどん視界は悪くなって来てる。
なんか夜みたい......
こうなるともう迷ってる時間は無かった。
よし、あたしなら絶対取って来れる!
そんな強い精神力に後押しされたあたしの足は、遂に第一歩を踏み出して行ったのでした。
すると、
「あらっ?!」
いきなり足を滑らせてしまった。
濡れ切った草の上にストッキングの素足で体重を掛ければ、滑って下さいと言ってるようなもの。落ち着いて考えれば直ぐに分かることだけど、今更何を言ったところで始まらない。
しかも30度の斜面ともなれば、あたしの身体は毬に変身し、勝手に奈落の底へと転がり落ちて行ってしまう。
「痛い、痛い、痛いっ!」
ゴロゴロゴロ......
............
............
............
そして最後に、ズドンッ。
気付いた時には、あたしの身体はツチノコになってた。
きれいなピンク色だった雨がっぱも、
真っ黒だった髪の毛も、
真っ黒だったストッキングも、
真っ青だった顔も、
そして真っ白だったあたしの手も、
今はその全てが土色に。
でもそんな土色のあたしの手は、未だピンク色に輝く伊達メガネがしっかりと握られてたのでした。
「やったぁ......」
それはあたしの心に更なるピンク色の絵の具が大量に注ぎ込まれた瞬間だったに違い無い。
見ればあたしの顔が水溜まりに映し出されてる。そんなあたしの頬は、心無しか上に吊り上がってた。
『笑顔は人の心を幸せにする魔法が掛けられてる』
それは生前、お母さんがあたしに話してくれた大事な言葉。きっと今あたしは、笑顔を浮かべてるんだろう。心の底から滲み出た真なる笑顔に他ならない。
そしてそんな自分の笑顔を見て、更に幸せな気持ちになるあたしがそこに居たのでした。
「よし、今度はここを登んなきゃ!」
気持ちを新たにし、更なる難儀へあたしが立ち向かおうとしたその時のことだった。
ガサッ、ガサガサ......
ゴソッ、ゴソゴソ......
「ん? 何の音?」
一難去ってまた一難。悪いことは重なるもの。この時あたしは、まだ致命的とも言える重大な過失に気付いて無かった。
でもそれを一体誰が責めれると言うのだろうか?
斜面を転げ落ちた反動で、腰にぶら下がってたそれが外れて無くなってることなんか一体誰が気付けるものなのだろうか?
ガルルルル......
「今何か......動物の声がしたような......」
ガサッ、ガサガサ......
「何か......後ろから近付いて来てるような......」
ちなみに、犬ならワンワン、猫ならニャーニャー。それは幼子でも知ってることだし、記憶を失ったあたしでもさすがにそれは分かる。
ならば、
ガルルルル......そんな地を這うような唸り声と、『熊出没注』の森の中と掛け合わせれば、そのこころは一つしか無かった。
「ガルルルルッ!」
バサバサバサッ!
「キャーッ!」
背筋に冷たいものが走り慌てて振り返ってみると、そこに見えたものは何と!
「くっ、熊っ! おっ、大きいっ!」
予想に違わず、そんな野生動物の怒り狂った慟哭の姿だった。
あたしは瞬間的に走り出してた。上じゃ無くて下へ。方向音痴のあたしでも、重力があたしの足を勝手に導いてくれてる。




