危機一髪
しかもまだ昼前だと言うのに、森に囲まれた山道は妙に薄気味悪かった。いつ野生動物が飛び出して来ても不思議じゃ無い。
チャリン、チャリン......
そんな中、あたしはたった1人。
さっき店員さんのご好意で貰った熊避けの鈴を腰にぶら下げながら、いつゴールが見えるとも分からない山道をただ無心で登るしか無かった。
チャリン、チャリン......
更に悪いことを言ってしまうと、その山道は蛇行の連続で道が細かった。
すると、突如上の方から、ガガガガッ!
そんな大きな音が聞こえて来たかと思えば、次の瞬間には、
ピカッ!
突然目の前が眩しくなって石がいっぱい転がり落ちて来る。
「キャーッ!」
............
............
............
一体、何が起こったのだろうか? 全く状況が読み取れない。気付けばあたしは、リュックサックを明後日の方向に投げ飛ばし、山道の端に倒れ込んでいた。
振り返ってみれば、石を四方へ吹き飛ばしながら猛スピードで山道を下って行くトラックの後ろ姿が。
さすがにちょっとスピード出し過ぎじゃない?! 何て思ったところで、過ぎ去ったトラックの残像に文句を言っても始まらない。
まさかこんな大雨の中、歩いて山道を登る物好きが居るなんて思いもしなかったんだろう。
「よっこらしょっと......」
すっかり泥だらけになってしまった重い身体を起こし、何とか立ち上がってみると、あたしは思わず生唾を飲み込んでしまった。
見れば1メートル先は崖。あともう少し大袈裟に飛んでたら、今頃そんな崖の下へ転がり落ちてたに違い無い。
辺り一面大自然......人が存在しない森の中でもしそんなことになってたら、御影村へ行けないどころか、命の危険にすら及んでいたことだろう。
後になって辞書で調べたらこう言う状況のことを『危機一髪』って言うらしい。
つまりあたしは、今危機一髪だったってことになる。本当に危なかった。
それはそうと......膝がやたらと痛むことに今更気付いてしまった。恐る恐る視線を下に向けてみると、ストッキングが破れてて血がポタポタポタ......
どうやら倒れた拍子に、膝の皮が擦りむけたらしい。
でもそんなことより、あたしはもっと大変なことに気付いてしまった。
それは、
「な、無い......」
なんと......水溜まりに映る自分の顔の鼻の上に、女子高生達から貰ったピンクの伊達メガネが乗っかって無かったのである!
「ど、どこ?!」
ピンク色のヘアークリップも、
ピンク色の伊達メガネも、
ピンク色のキーホルダーも、
ピンク色の雨がっぱも、
その全てがあたしに取っては成長の証。今や自らを取り戻す為の必須アイテムと化してた。
一つ欠けただけでも、それが達成出来なくなるような気がしてならなかった。
だからあたしは、
「どこ? どこ? どこ?!」
膝の痛みもハイヒールが片方脱げて無くなってることも忘れて血眼になって探し、そして探して、更に探した。
すると、
「有った......」
なんと! 崖の下5メートル以上も先。それは、『あたしを取りに来て!』と言わんばかりに光り輝いてる。
よく見付けたものだと、自分ながらに関心してしまった。
でも、ちょっと困った。
ちなみに斜面の角度は約30度。それは、スキーの上級者コースに匹敵する。地面は雪じゃないし、今あたしはスキーを履いて無い。更に足の片一方は裸足だ。
雨で長い草だらけの地面は滑り易そうだし、仮に辿り着けたところでまたここへ無事戻って来れる保証なんか有りゃしない。
ただこんなあたしでも、1つだけ分かることが有る。それは取りに行くと言う選択肢以外に道は無いと言うこと。




