ICU
ブルルンッ、ガガガガ......
そして程なく琴音を乗せたバイクは、野次馬衆を掻き分けながら、そんな修羅場を立ち去って行くのでした。更なる修羅場へと向かって......
今更ながらに思い出されてならない。火災が起きる前に届いたLINEの内容を。
『琴音、今日は遅いのね。あたしはちょっと体調が優れないからもう寝るわよ。少し熱が有って咳も止まらいの。
でも心配しないで大丈夫。いつものことだから。あなたも明日早いんだから早く帰って来て寝なさい。最愛なる母より』
今はただ祈るしかない。
その時がやって来る前に、琴音が病院へと辿り着けることを......
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【向日葵の観察記録】
4月13日(日)
命の尊さについて
今日は家に帰れなさそうだから、
誠也さんのバイクに乗りながら
頭の中でこの記録を認めることにする。
今朝向日葵の種に水を上げようとしたら、1つの種は少しだけ地上に芽を出してた。
でも1つの種は変な色になって腐ってた。
今日あたしは一つの尊さを覚えた。
それは命。
命の意味は、
『生物が生きていくためのもとの力となるもの。最も大切なもの』
らしい。
今日あたしは一つの命を守った。
なぜならそれが何よりも一番大切だと思ったから。
今朝あたしは一つの種の命を失った。
でもあたしは、もう1つの種の命を守り続けなければならない。
なぜなら、何が起きてもその命は尊いものなのだから。
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4月14日(月) 0:00
今正に、日付が変わったその時のこと......
「奥様が目を覚まされましたよ!」
「ほっ、本当ですか?!」
「よ、良かった!」
「......」
『ICU』と書かれた一室の手前ベンチで待機を始めてから早3時間。
奥様が目を覚ましました......それは正に、ここに居合わせた3人が待ちに待っていた言葉だったに違い無い。
3人とは言うまでも無く、実兄の徹、その娘たる智美、そして琴音。
その頃既に、琴音の顔色はすっかり血色を取り戻していた。ほんの数時間前に低体温症を起こしていたなど、信じられない程の回復力と言えよう。
そんな家族が歓喜の表情を浮かべた一方で、今ICUから出て来た医師の表情はと言うと、少し温度感が違っていた。
「奥様の病状は一進一退をずっと繰り返しています。かなり危険な状態と言わざるを得ません。非常に申し上げ難いのですが......もしかしたらこれがお話し出来る最後のチャンスかも知れません」
「そっ、そんなに悪いんですか?!」
「深刻な肺炎を引き起こしているのと合わせて、心臓の機能が極端に低下しています。残念ながら現在の医学ではこれ以上出来得る治療は存在しません」
医師は目を落とし、隠すこと無く有りのままを伝えた。
するとその時のこと。
「患者さんが、琴音さんとお話ししたいとおっしゃってます。琴音さんはお越しですか?!」
突如看護婦さんがICUから飛び出して来て、そんな事実を伝えた。やたらと息が上がってるところを見ると、一刻を争う状況なのだろう。
「本人がそう言ってるのですか?」
「はい」
「分かりました......琴音、お母さんとしっかり話して来い」
「......」
無言で首を縦に小さく振ると、琴音は言われるがままICUへと足を運んで行く。
そんな彼女の唇は、僅かながらに震えてた。きっと彼女は彼女なりに室内の緊張感を肌で感じていたに違い無い。
やがてそんな琴音の目に映ったもの......
それは変わり果てた最愛なる母の姿だったのである。
口には酸素マスクか当てられ、幾本もの管が身体の至る所に繋げられている。
そして耳に入って来るものと言えば、ピッ、ピッ、ピッ......心電図の波形とリンクした電子音と、ゼェ、ゼェ、ゼェ......母の苦しい呼吸音だけだった。




