誠也
そんなこんなで......
死に掛けてた2人の若者が息を吹き替えし、皆が歓喜の渦に包まれてた正にその時のことだった。
どうやら神様は、琴音にほんの少しの休息すら与えるつもりは無かったらしい。今度は警察官が、ここでまた新たな火種を持ち込んで来たのである。
「山村琴音さんのご家族と連絡が取れません」
「携帯にも電話してみたのか?」
「はい、ご自宅にも携帯にも留守電を入れました。気付いてくれれば折り返しが来ると思うのですが......」
基本、琴音の母たる美和(春子)は、彼女からの電話に出なかったことが無い。たまたま出れなくても直ぐに折り返して来るのが通例だ。
火災が起こる前のLINEから推測すると、母は既に就寝していたものとは思われるが、常に寝る時はスマホを枕元に置くことが習慣になってた。つまり、着信に気付かないことは無いものと思われる。
ではなぜ連絡が取れないのか? その答えを知るまでに、然したる時間を要することは無かった。
それは琴音が担架から救急車に移される直前に、起きてしまったのである。
ブルルン、ボボボボ......
何やら突然、大型バイクの奏でる重低音が近付いて来る。そしてそんなバイクのドライバーは彼女の姿を見付けると、
キキキキキッ!
急ブレーキを掛けながら、琴音の前でバイクを停止させた。
「せ......誠也......さん......」
そう......それはそんな名の若者だったのである。すると誠也は素早くヘルメットを取り開口一番、慟哭の事実を話し始めた。
「琴音、大変だ! お母さんが倒れて救急車で病院に運ばれた。意識不明の重体らしいぞ。そんな所で寝てる場合じゃ無い。さぁ、行くぞ!」
見ればサイドボックスから薄ビンク色のヘルメットを取り出してる。『向日葵専用』そんな文字が認められたピカピカのヘルメットだ。
「ちょっといきなり何だ君は?! この人は今低体温症を引き起こしててこれから救急搬送されるところなんだぞ!」
至極当たり前のことを当たり前に訴える救急隊員。しかし誠也は引かなかった。もしかしたら......ことの重大性を彼こそが一番理解していたのかも知れない。
「その娘はな、家族の為なら平気で服着たまま橋から川に飛び込む強者だ。低体温症くらいでくたばるタマじゃ無い。さぁ琴音、早く乗れ!」
「だからそんなの無理だって言ってるだろ! 我々にはこの人の命を守る義務が有る。これ以上邪魔をするとこの警察官が君を逮捕するぞ!」
鬼の形相を浮かべ、消防隊員が警察官に目配せをしたその時だった。
「待って! この子を行かせてあげて。きっと本人も行きたい筈よ。だって......家族ってそう言うものだから」
そんな彼らの行動を制したのは他でも無い。今家族の命を救われたばかりの隆美さんだった。
見れば既に琴音は担架から起き上がり、今にも誠也が差し出すヘルメットを手に取ろうとしてる。張本人である琴音の意志は語らずとも明らかだ。
そしてこの時、彼女の顔色は見違える程に血色を取り戻してた。きっと琴音の強靭な精神力が自らの体温を急上昇させたのだろう。
そんな様子を見届けた消防隊員に、これ以上彼女の行動を制する術は無かった。
「行き先が病院と言うことであれば......ここから立ち去ることを認めましょう。ただし少しでも体調に異変を感じたら直ぐに病院の方に申し出て下さい。分かりましたね」
「だから大丈夫だって。さぁ琴音、お母さんが待ってるぞ!」
 




