救いの女神
この時消防隊員達は、間違い無くその行動の意味を理解していなかった。
lただやれと言われたからやってる......きっとその程度の理由だったのだろう。
ところが床が見えて来るにつれ、
「よし、もうちょっとだ! さぁ、急ぐんだ!」
見る見るうちに彼らの目が輝き始めて来たのである。その理由は他でも無い。
「こっ、これは?!」
そんな厨房の床に現れたもの......それはなんと!
2つの取っ手だった。
「店長、ちょっと見て! これ、中に入れてた材料じゃない?!」
見れば......既に真っ黒焦げになってはいるけど、所々未だ原形を留めているものも散見出来る。
「そっ、そうだ、間違い無い! ってことはやっぱり!」
「まさかこの中に居るってことですか?!」
「これは床下冷蔵庫。居るとしたらもうここしか無いわ!」
「れ、冷蔵庫だって?! ならば床上の高温状態を防げた可能性が有るじゃないか! わ、分かりました! よし、お前そっちの取っ手持て!」
「了解!」
「それじゃ、せ~の~......」
ガガガガッ。
............
............
............
それは正に、息を飲む瞬間だった。仮に2人がこの中に居てくれたとしても、生きてる保証などは何も無い。
店内は約1時間に渡り猛火が続いていたことになる。正に灼熱地獄だったと言えよう。
しっかりと密閉されていたとは言え、冷蔵庫の出力がどこまで効力を発揮出来ていたかなどと言うことは全くの未知数だ。
火災の影響で直ぐに電源が落ちてしまったとすれば、床下のその空間は正に蒸し風呂状態だっただろう。また逆に電源が落ちるのが遅過ぎたとしたら、今頃は凍死してる可能性も十分に考えられる。
そして遂に......審判は下される。
扉が開けられた瞬間、ここに居合わせた全ての者達が肌で感じたもの......
それはなんと!
鳥肌が立つ程の冷気だったのである。
そして、そこに居合わせた全ての者達が視界に捕らえたもの......
それはなんと!
肌の色を紫色に変色させた若きその者達の痛ましい姿だったのである。凍傷に掛かっていることはもう疑う余地が無かった。
「光太! 琴音ちゃん!」
見れば琴音は、自身が着てたジャージを脱ぎ、光太の身体を包み込んでる。
そしてそんな琴音は半袖Tシャツ1枚。しかも光太の上に覆い被さるようにして、そんな若き命を守っていたのである。
「おい、誰か担架持って来い!」
「はい!」
程なくして、2人は担架で運ばれていった。そして気になるのは、そんな2人の容態と言うことになるのだが......
「お父さん......お母さん......ゲホッ、ゲホッ」
「こ、光太!」
やがて光太は揺れる担架の上で意識を取り戻した。
しかし、
「......」
琴音は意識が戻らなかった。
「低体温症を発症してます! まだ微かに脈が有ります。ですが直ぐに処置をしないと手遅れになります!」
灼熱地獄に取り残された結果が『低体温症』。それはもう、皮肉としか言いようが無かった。ただもうこうなってしまうと、心臓が動いていただけでも神に感謝せざるを得ない状況だ。
やがてはそんな琴音も、
「う、ううう......」
なんと! 担架の上で意識を取り戻したのである。
「こ、琴音ちゃん!」
「い、意識を取り戻したのか?!」
「け......賢也は......」
そんな琴音はきっと、まだ記憶が混沌としていたに違いない。猛火に包まれたと思えば、次に待ち受けていたのが極寒の世界。意識がおかしくなるのも当然の話だ。
一方、
「光太なら大丈夫。琴音ちゃんありがとう......本当にありがとう。うっ、うっ、うっ......」
担架で救急車へと運ばれて行く琴音に対し、拝むような姿勢で涙を流し続ける2人。きっと2人の目に映るその者は、救いの女神だったに違いない。




