バリケード
「When I was younger, so much younger than today~」
呑気にもスピーカーから流れるそんなメロディにハモりを加える隆美さん。きっと彼女に取っては、車の中がカラオケボックスの役割を担ってるんだろう。
そんなBeatlesのヒット曲『HELP!』が何かのお告げだったのかは不明だが、とにかく残して来た2人が心配で店への帰路を急いでいた訳である。
やがて隆美さんと明日の食材を詰み込んだミニクーパーは、幹線道路へと差し掛かった。すると何やら周囲が騒々しくなって来る。
なんと後方から、ピーポー、ピーポー......
更には、ウ~、カンカンカン......
救急車と消防自動車のコラボサイレン音が迫り来てるではないか。
あら大変! 先を譲らないと......
そんなこんなで隆美さんは即座に車を寄せて、ハザードランプを点滅させた。教科書通りの対応と言える。
やがてミニクーパーの脇を緊急自動車が通り過ぎたのを見届けると、ウィンカーを右に出し再び車両の波に車を乗せる隆美さんだった。
さてと、気を取り直して......次の信号を左に曲がればもう駅前通り。緊急自動車とも信号でお別れだわ。
ところがいざ信号へ辿り着いてみると、意外や意外。なんと2台の緊急車両は、目の前で左折を始めたのである。
更にそんな緊急車両の後を追って10秒も経たないうちに、隆美さんは飛んでも無い景色を目の当たりにしてしまう。
ちょっと、何これ?!
ちなみに天気は快晴。しかも頭上には満月が輝いてる。にも関わらず、フロントガラスの向こうは深いモヤで覆われてる。
何だか妙に視界が悪いんだけど。
それとこの臭いは何?
まさか......これって煙?!
実はその通りだった。
突き進む緊急車両、それと立ち込める煙、この2つを組み合わせればその答えはもう1つしか思い付かない。
「か、か、火事?!」
隆美さんの背中に突如冷たい物が流れ始めたその時のことだ。
なんと今度は、目の前にもう1台の緊急車両が道路を遮るようにして赤いサイレンを煌々と回し続けている。
その正体は、パトカーだった。
「ちょっとどうしたんですか?!」
サイドウィンドウを開け、とうせんぼしてる警察官にことの詳細を問い質してみると、
「この先で火災が発生してます。現在駅前通りは通行止めになってますので迂回をお願いします」
どうやら、図星だったようだ。
「火災って......一体どこが火事になってるのよ?!」
「この先の喫茶店です。とにかくこの後何台も緊急車両が通りますので速やかに迂回して下さい。さぁ、早く!」
「な、な、なんてこと?!」
それは正に、隆美さんの嫌な予感が的中した瞬間だったに違い無い。
いずれにせよ、ここで押し問答をしてても時間を無駄にするだけ。隆美さんは文明の力を路肩に停め、自らの足で一目散に駆け出して行った。
光太!
琴音ちゃん!
もうその2人の顔しか頭に浮かんで来なかった。息を切らせて、ざわめく野次馬衆を掻き分け、ようやく辿り着いた場所は言うまでも無く純喫茶スイートピー。
しかしそこで見えた景色は、見慣れたいつもの職場に有らず。見るも無残な地獄絵図だったのである。
夜と言う時刻であるにも関わらず、辺りはオレンジ色一色。星空も満月も黒煙と言う名の厚い幕に覆われ、その美しい景観を拝むことは出来なかった。
「おお......何てこと! こ、光太?! 琴音ちゃん?!」
炎に焼かれようが、黒煙で肺を潰されようが、もうそんなことは関係無かった。隆美さんの足が無意識のうちに火龍の懐へと突進を始めたその時のこと。
「ダメです。ここから先は立ち入り禁止です!」
当たり前のように制服警官がバリケードの如く立ちはだかったのである。頑として動かない。
「息子と従業員がお店の中に居たんです! 2人は......2人は無事なんですか?!」




