異変
一方隆美さんはと言うと、
そうだ......光太が寝ている隙に業務用スーパー行って来ちゃおう!
琴音ちゃんと光太の2人を残して店を離れるのはちょっと心配だけど、今なら寝ちゃってるから大丈夫!
そんなこんなで......
隆美さんは素早くエプロンの紐をほどきながら、領収書がはみ出た大きな財布を手に持つと、
「琴音ちゃん、ちょっと業務用スーパー行って来るから少しだけ待っててくれる? そうそう、お店の飲み物だったら何でも飲んでて構わないからね」
「は......い......」
「じゃあ行って来るわね」
ギー、ガチャン。
そして隆美さんは、足早に店を去って行ったのでした。
緑に囲まれたアプローチを小走りで駆け抜けていく隆美さんの姿が見える。思い立ったら即行動! 電光石火が彼女のモットーらしい。
一方、若者2人だけとなった店内は、僅かに流れるBGMを除けば全てが『静』と化してた。
無言の琴音は、言わずと知れた『静』
カウンターにうつぶせとなってる光太くんもまた『静』
更に全てのお客さんが居なくなった店内の景色も『静』
ところが......
1つだけ『静』を伴わない空間が隣接するバックヤードに存在していたことなど、この時誰1人として知る由も無かった。
バチッ、
バチバチ。
そして、僅かな閃光が......
言うまでも無く、今バックヤードに人は居ない。そうともなれば、そこで線香花火を興じる者なども居る訳が無い。
恐らく照明が灯された空間であれば、そんな閃光に気付く者は居ないのだろう。
しかし無人となった暗闇のバックヤードで目を凝らして見れば、それが何かなど一目瞭然で分かることだった。
なんと!
その正体は、電気配線から立ち上がる火花だったのである。
バチッ、バチバチ......
バチッ、バチッ、バチッ......
不気味な音を立ち上げながら、徐々に弧を広げていく火花。やがてそんな火花は、横に置かれた廃油缶の中へと波紋を広げていく。
ピチ、ピチ、ピチ......
不気味な音を立ち上げながら。
一方、そんな憂うべく事態が隣室で起こってることなど露知らず。未だ平和とも言える店内で、琴音は一体何をしていたのかと言えば、
トクトクトク......
『山村琴音専用』と書かれたペットボトルの麦茶を呑気にグラスへと注いでいたのでした。
それは忘れもしない......彼女が面接の時に隆美さんがキープしてくれた麦茶のボトル。
きっとそんな麦茶の中には、隆美さんと店長、そして最愛なる母の優しさが旨みとなって溶け込んでいたに違い無い。
そうともなれば、
「美味しい......」
美味しく無い訳が無かったのである。
その一方、光太くんはと言うと、相変わらずの夢世界。昼間友達と大いに遊び込んだツケが一気に現れたのだろう。見ればヨダレの大洪水が巻き起こっている。
やがて、ピコピコ......何やら電子音が静寂した店内に響き渡った。
そんな音に気付いた琴音は、ポケットからスマホを取り出してみる。どうやら、LINEの着信だったらしい。
ちなみにLINEを送って来る者と言えば、思い当たるところ2人しか居ない。母と翔子の2人だけだ。
そんな者達の顔を頭に浮かべながら、スマホ画面に指を触れてみると、
『琴音、今日は遅いのね。あたしはちょっと体調が優れないからもう寝るわよ。少し熱が有って咳も止まらいの。
でも心配しないで大丈夫。いつものことだから。あなたも明日早いんだから早く帰って来て寝なさい。最愛なる母より』
やはり、その者からだった。きっと心に病を抱えた愛娘のことが心配でならないのだろう。
この時琴音の表情は、明らかに曇ってた。滅多に感情を現さない彼女にしてみれば、実に稀有な反応と言えよう。
その時だ。
「......?」
琴音は店内のちょっとした異変に気付いてしまう。




