停電
今年中学1年生になったばかりで、今日もいつもの通り元気溌剌だ。少しぽっちゃり体型で、前髪が一直線に揃っている。
日曜日は夕方になると、必ず店にやって来て夕食を取るのが恒例。カウンター席の一番奥が彼の指定席だ。
そしてもう1人は、言うまでも無く琴音。
非番の夜なのになぜ店へやって来たのかは不明だが、もしかしたら図書館における先程の『事件』が影響してるのかも知れない。
いつもこの店は和気あいあい。そして今日も和気あいあい。きっと足を踏み入れるだけで、気持ちが落ち着くのだろう。
そんな中、無惨にも琴音と2人取り残された光太くんはと言うと、
「琴音ちゃんは何で喋らないの?」
「......」
「ふんっ、面白くないな!」
「......」
琴音の病気を理解するには、まだ少しばかり若過ぎたのかも知れない。
無視されたとでも思ったのだろうか? たいそうな膨れっ面だ。赤いホッペが風船になっている。
そんな赤風船光太くんが琴音とのキャッチボールを早々と諦めたその時のこと。
突如、バチンッ。
何やらスイッチが落ちたような音がしたかと思えば次の瞬間には、
「あれれ、真っ暗になっちゃった?!」
気付けば店内の照明は全てが落ちて、それまで流れてたBGMもメロディを奏でなくなっている。いわゆる停電ってやつだ。
すると、
「あら......またブレーカー落ちちゃったのね。ちょっと待ってて。今上げて来るから」
隆美さんはあたふたと懐中電灯片手に、バックヤートへと駆け出して行く。
やがてブレーカーボックスの扉を開けてみると、予想に違わず漏電ブレーカーがお辞儀してた。すると隆美さんは、おもてを上げて下さい! と言わんばかりに、バチンッ。
「復旧完了!」
もう彼女の中では、それがルーティンと化してるのだろう。特に慌てる素振りも見せなかった。
すると案の定、店内には光が戻り、スピーカーからはBGMが流れ始めている。
でも隆美さんはちょっと困り顔。手を腰に当てながらぼやきを始めた。
「1日で2回も落ちたのは今日が初めてね。電気屋さんが来れるのは早くても明日だって言うし......もし今晩中にまた落ちちゃったら冷蔵庫の中身が全部腐っちゃう。明日お店開けれないわ。さぁ困った......どうしたものかしら? そうだ、店長に聞いてみましょう」
困り果てた彼女はスマホで店長に。
トゥルルルル......
トゥルルルル......
トゥルルルル......
カシャ。
『ただいま電話に出ることが出来ません。ピーっと言う発信音が鳴りましたら、30秒以内で伝言をどうぞ。ピー......』
期待に反して、結果はそんなだった。
「全く......肝心な時に出てくれないんだから」
きっと今頃は宴たけなわ。泥酔している姿が隆美さんの頭に浮かんでくる。
「仕方無いか......」
試行錯誤の末、隆美さんは事務机の中から1つのアイテムを取り出した。それはどこにでも有るビニールテープ。一体それをどう使うのかと言うと、
ピタッ。
「はい、これでよし」
何と、漏電ブレーカーのスイッチがお辞儀しないようにビニールテープで固定してしまったのである。それが実に危険な行為であることも知らずに。
まぁ、大丈夫でしょう......
そんな都合のいい願望とも取れる安易な判断の元、難なく軽作業をやり遂げた隆美さんは、火種に火を点けたままあっさりと店内へ戻って来てしまった。
すると隆美さんの目に映った愛息子の姿はと言うと、
コックリ、コックリ......
どうやら店内が暗くなったおかげで、睡魔が襲い掛かったらしい。逆にそれがちょっと安心だっりもする隆美さんだった。
「琴音ちゃんごめんね。電気復旧したからもう安心よ」
「......」
そんな彼女の報告に小さく首を縦に振る琴音の視線は、宇宙遊泳してる光太くんに向けられてる。もしかしたら消えた記憶の中に、同じ年頃の弟でも居たのだろうか? 意図は不明だ。




