火
「どう? これで全文よ。何か思い当たることでも有った?」
「......」
「やっぱこの火事は関係無いわよね? 御影村とか御影神社とか全然記憶の片隅にも残って無いでしょう?」
一方、そんな琴音の塩反応に翔子が諦めムード満載でそんな言葉を並べたその時のことだった。
突然背後から男の太い声が。
「君はあの時、精神的に追い詰められて、ついつい火を放っちまっただけなんだろ? だから悪いのは君じゃ無くて君を追い詰めた他の連中だ。
そろそろ正直に話したらどうだ? 今からでも決して遅くは無いと思うぞ。君だって楽になる筈だしな。そう思わないか? 花・咲・向・日・葵くん!」
正直......2人揃って新聞記事に神経を集中していたものだから、その者の存在には全く気付いて無かった。迂闊だったと今更後悔しても遅い。
そんな男の太い声に慌てて振り返る翔子。するとそこには、ハンディカメラを向けてる小太り男とマイクを向けてる痩せた男が2人。何やらニヤニヤと不敵な笑みを浮かべてるではないか。
「ちょっとあなた達何なのよ?! 勝手にカメラ回さないでくれる!」
ただでさえ導火線の短い翔子がそんな暴挙に黙っていられる訳も無かった。見れば目を45度に吊り上げ、鬼の形相を浮かべてる。
ちなみに......
琴音はその男の顔を知ってた。自分の前に現れるのも決して今回が初めてじゃ無い。何度となく現れてはその度に『番犬』に蹴散らされてた記者その者だったのである。
しかし今回は少しばかりいつもと状況が違ってた。なぜなら頼れる『番犬』は、既に琴音の元から離れてしまってたのだから......
「部外者は黙っててくれ。私はこの花咲向日葵さんと話をしてるんだ。では花咲向日葵さん、あらためて質問させて頂く。
あなたは今も被害者面してるけど、本当は火を放ったんだろう? 大勢の犠牲者が出てるんだ。そろそろ正直に言うべきじゃないのか?! よしっ、大事なところだ。しっかりカメラ回しとけ!」
「了解!」
そんな男達は足を一歩前に踏み出し、明らかなる威嚇オーラをふんだんに撒き散らしてる。きっとここが勝負処と位置付け、一気に畳み掛けるつもりなんだろう。
「あたしは......火なんか......点けて......ない」
「だったら今ここで証拠を見せてやる。よし、これを見ろ!」
すると何を思ったのか、その者はポケットからライターを取り出すと、
カチッ、シュー......
何と! 火を灯したのである。しかも寄りによって、琴音の直ぐ目の前で。
「うっ、うっ......」
やがて琴音の身体はブルブルと震え出し、思わず頭を抱え込んでしまう。しかしその者達は、尚も追及の手を緩めかなかった。
「何で見れないんだ? おかしいじゃないか! ならば俺がその理由を教えてやる。あんたはな、自分の犯した罪を分かってるんだ。
自分が放ったこの火で多くの罪無き人達を死に追いやったってことをな。だから自己嫌悪に陥ってこの火が見れないんだろ。違うか?!」
するとその時、図らずも思わぬ助っ人が現れてくれたのである。
「いい加減にして下さい。ここをどこだと思ってるんですか?! 図書館ですよ。直ぐに火を消して! この女性が怖がってるじゃ無いですか!」
見れば図書館の職員と思われる男性が、血相変えて仁王立ちしてる。眉間にシワを寄せ、額には青筋が。
ちなみに、そんな仁王立ち職員の片手にはスマホがキラリ。天井40ワット蛍光灯の光が見事に反射してる。
それは『いつでも警察を呼ぶぞ! 』と、スマホが猛アピールしてるかのようにも見えた。
「もしかして喧嘩?!」
「女の人が怖がってるわ!」
「警察呼んだ方がいいんじゃない?!」
当然のことながら周りもザワザワザワ......話題の種にしたがる訳だ。そんな空気を即座に悟った記者はと言うと、今度はいきなり友人にロックオンを移して来た。




