新たな火種
本音を言ってしまうと、少し勘弁して欲しいと思った。
元々不良は嫌いだし、彼はきっと女ったらしなんだと思う。誰にでも甘い言葉を掛けて、その気になったら直ぐに捨てるタイプの典型。
実際のところ今も助けて貰って、この人いい人かも? なんて一瞬は思ったりもしたけど、2人に『求愛のポーズ』なんて言われて、逆に目が覚めた気がする。
どっちに転んでも、あの人には近付かないようにしよう。なんか危なそうな人だし。
もっとも、2人が言ったような求愛ポーズだなんて、あたしはちっとも思って無いけどね。ちょっと勘繰り過ぎよ。
そんな心のザワメキを押し隠すかのように、あたしはスケッチを再開すべく心機一転筆を手に取ろうとした。
ところが......
「あら、筆がどっか行っちゃったみたい。そう言えばさっき佳奈子の絵をいじった後、下に置いて来たままだったわ」
「取ってくれば?」
「止めとくわ。また迂闊に取りに行って絡まれるのも嫌だし」
「まぁ、確かにそうね......」
そんな訳で、あたしは置き忘れた筆を諦めて新しい筆で続きを始めることにしたの。
「ひまちゃん、さっきはありがとう。あのままだったら、あたしどうなってたことだか」
「この借りはいつか返して貰うぜ!......なんてね」
「ハッ、ハッ、ハッ!」
「ハッ、ハッ、ハッ!」
「ハッ、ハッ、ハッ!」
嵐が過ぎ去って、あたし達は大いに笑った。きっとピンチを乗り切れてホッとしてたんだろう。
でもこの時あたし達は、全然楽しく無い人が直ぐ近くに居たことなんか、もちろん知るよしも無かった。
バキッ!
「ど、どうしたの佳奈子?!」
異様な音に気付いた裕福友人がその者に目を向けてみると、手にしていた筆が真っ2つに折れてる。
「ゆ、許さないわよ......」
見れば身体は感電したかのようにブルブルと震え、そんな憎悪に満ちた目からは悪しき光線をその者に浴びせ掛けてる。
「佳奈子......」
恐る恐るそんな言葉を掛けた女子の腰は、完全に引けてた。すると突然佳奈子の目光線がその者達の元へ。
「「ひぃ~!」」
恐怖に戦く2人だった。すると、
「今日描いた絵って、コンクールに出すまでの期間、学校に展示するんだったよね?」
いつの間にやらポーカーフェイスに戻ってる。この女子の正体はカメレオンだったらしい。
「う、うん......確かその筈だよ」
「1階の教員室の前の壁だったと思う」
「あらそう......それは良かった。さぁ、ラストスパートよ。一気に描き上げちゃおう!」
「おう!」
「おう!」
この2人の顔が引き吊ってたことは言うまでも無い。
家が多少裕福だったそんな2人でも、村一番の権力者、山菱酒造の御曹子には合わせるしか無かったらしい。
一方、すぐ隣でそんな会話が為されていたことなど露知らず......完全平和主義の3人はと言うと、
「よ~し、出来た!」
「何とか仕上がったわ!」
「俺の絵って、天才じゃん!」
明日の嵐の到来も知らずに平和を満喫していたのでした。
そんな波乱で始まり、波乱で終わった1日も、日の入りと同時に漸く終焉を迎えることとなる。
新たに生まれた火種を残したままで......




