女神
【目次】
第1章 向日葵のはじまり
第2章 向日葵の決心
第3章 向日葵の秋祭り
第4章 琴音のはじまり
第5章 琴音の覚醒
第6章 琴音と御影村
第7章 向日葵のしあわせ
最終章 そして10年後
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10月1日 月曜日 15:30
「かっ、返せ!」
「やなこった、取れるもんなら取ってみろ。へへ~んだ!」
正直言って僕は身体が小さい。それと気も小さい。
「くっそぉ!」
「おっと、やるのか?!」
おまけに腕力が無いから、ケンカも弱い。
「えいっ! やぁ!」
「なんだそのへなちょこパンチは? 猫パンチか?」
手が短いから、猫パンチすら届かない。
「たっ、頼むから返してくれ!」
「どうしても返して欲しいってかぁ? だったらこの橋から川に飛び込めや。ははぁ~んだ」
それと僕は生まれつき水が怖くて泳げない。だから飛び込んだら、死んじゃうかも知れない。
「川に飛び込んだら......返してくれるんだな?」
「もちろんだ。おお、飛び込むか?」
でも僕は飛び込むしか無かった。なぜかって言うと......
「それはな、姉ちゃんがくれた僕の宝物。だから絶対に返して貰わなきゃならないんだ!」
つまり、そう言うこと。
僕は橋の欄干に足を掛けた。水に浸かる前から身体がブルブル震えてるけど、怖いからじゃ無い。
ちょっと、武者震いしてただけさ。別に強がって無いって!
下を見下ろしたけど、深いんだか浅いんだかも分かんない。深けりゃ深いで溺れるんだろうし、浅けりゃ浅いで足折りそう。頭から落ちたら即死だったりして。
なんて悩んだところで始まらない。もう行くしか無かった。鳥になるしか無かった。
「ヒ~ハ~!」
思いっ切り息を吸って、
「ムグッ」
息を止めて、
はい、3、2、1......
そして最後に、
「南無阿弥陀仏!」
僕が人間を止めて、鳥に成り切ったその時のこと。
「ちょっと待った! あたしの可愛い弟に何してくれる?!」
「ねっ、姉ちゃん!」
救いの女神が現れてくれたのさ。しかもこんな土壇場で。
「だっ、誰だオメーは?!」
そんな百花繚乱の中に忽然と現れた千両役者は、僕の頼もしき姉。4つ年上の高校2年生だ。きっと学校帰りなんだと思う。セーラー服姿が夕陽でオレンジ色に輝いてる。
もう完璧な女神じゃん!
「早く返しなさい。あたしが本気で怒るとちょっとヤバいよ!」
「そ、そんなに返して欲しけりゃな、こ、こいつの身代わりにお前が川に飛び込め。お、弟が可愛いんならそんくらい出来るだろ!」
僕は姉ちゃんと一緒に暮らしてるから、姉ちゃんの性格はよく分かってる。そんなこと言ったら......
「ええ、あたしは賢也が可愛いわ。だからそんなの容易いことよ」
やっぱ思った通り。なんかもう橋の欄干に足を掛けてるし。下を覗いてるけど全然怯んで無い。多分もう心は鳥になってるんだろう。
「マ、マジで飛び込むつもりか?!」
「い、いくら何でもやらんだろ?!」
いや、普通に飛び込むでしょう。
さっきまで粋がってたガキ大将達も、ちょっと面食らった様子。
年頃の乙女が、まさかセーラー服姿で川にダイブするとは思って無いってか? 下着が透けるだろうし、きっとすれ違う男は鼻血ブーだ。
普通はそこまでバカじゃ無いと思ってるんだろうね。甘いな......
「それじゃあ賢也、行って来るね」
ジャポ~ン!
何の躊躇も無く、ロープ無しバンジーをあっさりと敢行する僕の姉ちゃん。そこまでは、まぁ良かったんだけど......
「......」
「......」
「......」
「おい......何で浮いて来ないんだ?」
「なんか......ヤバい気がするんだけど」
「まさか......死んだとか?」
「しっ、死んだ? マジ?! ヤッ、ヤバい。逃げろ!」
全然浮かび上がって来なかった。