3:決断の時
リリアナはカスティエルの言葉を胸に抱きながら、冷たい夜の空気の中で立ち尽くしていた。「国を揺るがす秘密が自分に刻まれている」――その言葉が、これまでの静かな日常を一瞬で打ち砕いた。自分が何者なのか、何故ここにいるのか。その答えはまだ見えないまま、リリアナは目の前に広がる運命の重さに圧倒されていた。
「この国を救うのか、破滅へと導くのか、それを決めるのはお前だ。」
カスティエルの言葉は、再びリリアナの心に重くのしかかる。彼は、まるで自分の全てを見透かしているかのように冷静だった。その姿は、孤児院で過ごしてきた彼女にとって異質なものだった。これまで孤児としてただ生き延びるために存在していたリリアナが、今や国の運命を左右する存在だと言われても、受け入れるのは容易ではなかった。
リリアナは息を飲み、カスティエルの瞳を見つめた。その鋭い眼差しの奥には、何か深い秘密が潜んでいるように感じられた。彼は何を知っているのか?なぜ自分をここに導いたのか?彼の言葉の裏に隠された意図が、リリアナにはまだ掴めなかった。
「私は、ただの孤児です。なぜ私がこの国の運命に関わるのですか?」
リリアナの問いは、恐れと混乱が入り混じった声で発せられた。彼女は自分の言葉に確信を持てずにいたが、それでも目の前の真実に対峙しなければならないと感じていた。
カスティエルは、彼女の言葉に短く頷いた。
「それが本当にそうだと思っているのか?お前は自分の過去について何も知らない。だが、お前の血筋は、この国の歴史の一部だ。お前の持つ力は、この国の未来を大きく変えるものだ。」
彼の声は低く響き渡り、夜の静寂の中で一層重みを持っていた。リリアナは心の中で必死に抵抗しようとしたが、彼の言葉には反論の余地がなかった。何かが自分の中で目覚めつつある――その感覚は、手帳に書かれていた言葉とカスティエルの言葉が交錯することで、ますます強まっていた。
「私が、何をすればいいの?」
リリアナは自分でも驚くほど落ち着いた声で問いかけた。彼女の中で、恐れと混乱は次第に決意に変わりつつあった。カスティエルは彼女の変化を感じ取ったかのように、少し口元に笑みを浮かべた。
「お前がすべきことは、自分の血筋を知り、この国に隠された真実を見つけることだ。だが、その道は簡単なものではない。敵も味方も、この国には多くの勢力が存在する。お前を利用しようとする者も、殺そうとする者もいるだろう。」
カスティエルの言葉は警告であり、同時に彼女の選択を迫るものだった。リリアナはその重みをしっかりと受け止め、深呼吸をした。孤児院での生活では想像もできなかった未来が、今まさに目の前に広がっている。だが、彼女にはもう後戻りする道はなかった。
「私は、私自身の答えを見つけたい。真実を知りたい。」
リリアナは強い意志を込めて言葉を発した。カスティエルはその言葉を聞き、深く頷いた。
「いいだろう。お前には選ぶ権利がある。だが、選択する前に知っておけ。真実を求める道は苦しいものだ。お前がどんな運命を歩むことになろうとも、覚悟を決めなければならない。」
カスティエルの目は厳しく、しかしどこか優しさを感じさせるものであった。彼はリリアナを見つめ、その肩にそっと手を置いた。その瞬間、リリアナの中に不思議な安心感が広がった。彼の存在が、今の自分にとって必要なものであることを、彼女は無意識のうちに感じ取っていた。
「行こう。お前が知るべき場所へ案内しよう。」
カスティエルは静かに言い、リリアナに手を差し伸べた。リリアナはその手を取ると、彼と共に暗い森の中へと足を踏み入れた。
森の中は、昼間とは全く異なる世界が広がっていた。木々がざわめき、風が冷たく肌を刺す。カスティエルは迷うことなく進み、リリアナもその後を黙ってついていった。道なき道を進む二人の足音だけが、静寂の中に響いていた。
しばらく歩いた後、カスティエルは足を止めた。リリアナが彼の隣に立つと、目の前には崩れかけた古びた石の建物が現れた。それは、まるで長い間忘れ去られた遺跡のようだった。壁には蔦が絡まり、時間の流れがそのまま刻まれているようだった。
「ここは……?」
リリアナは驚きの声を上げた。彼女の想像を超えたその光景に、何か不思議な力を感じ取った。
「ここは、この国の真実が始まった場所だ。お前の血筋に関わる全ての答えが、この場所に眠っている。」
カスティエルの言葉に、リリアナは息を呑んだ。彼女の胸の中で何かが再び動き出す感覚があった。遺跡に一歩足を踏み入れると、冷たい空気が全身を包み込み、何か古い記憶が彼女の中で呼び覚まされるようだった。
「お前がここで何を見つけるか、それはお前次第だ。だが、一つだけ言っておく。決して目をそらすな。」
カスティエルは厳粛な口調で言い放つと、リリアナを一人遺跡の中に残して立ち去った。リリアナは一瞬戸惑ったが、彼の言葉の重みを感じ、ゆっくりと遺跡の奥へと歩き始めた。
薄暗い石造りの廊下は冷たく、静けさが彼女を包み込んでいた。歩くたびに足音が反響し、心の奥底に眠っていた不安が徐々に浮かび上がってきた。だが、リリアナは恐れを振り払うように進み続けた。
廊下の先に、かすかな光が見えた。その光を頼りに歩を進めると、広間にたどり着いた。そこには古びた石碑が立ち、その表面には何か古代の文字が刻まれていた。
「これは……?」
リリアナはその石碑に近づき、指で触れてみた。ひんやりとした感触が彼女の肌に伝わり、まるで石碑そのものが生きているかのような感覚が広がった。彼女は目を凝らしてその文字を読み取ろうとしたが、まるで暗号のようで何もわからなかった。
だが、その瞬間、彼女の頭の中に強烈な映像が流れ込んできた。荒れ果てた戦場、燃え上がる城壁、そして一人の女性が血まみれで立っている姿――それは、かつてこの国を支配していた貴族の最後の姿だった。
「私が……この血を引いている?」
リリアナは恐怖と驚きの中で、全てが繋がっていく感覚を覚えた。彼女の血に刻まれた秘密、それはこの国の歴史に深く関わっていたのだ。