2.夜の帳の向こう
リリアナは古びた門を抜け、暗闇の中へと足を踏み入れた。月明かりがわずかに彼女の足元を照らしているが、周囲は深い闇に包まれていた。夜風が静かに吹き、木々のざわめきが耳元で囁く。孤児院の中では味わったことのない、奇妙な解放感と共に、何か得体の知れない不安がリリアナの胸に広がっていた。
「一体どこへ行けばいいのか……」
彼女は立ち止まり、周囲を見渡した。門の外の景色は、孤児院とは全く異なる広がりを見せていた。木々に覆われた森が広がり、その奥には見知らぬ建物が影のように佇んでいる。リリアナはその建物に引き寄せられるかのように、足を進めた。
歩きながら、彼女の胸中には手帳に書かれていた言葉が繰り返し浮かんでいた。「国を揺るがす秘密は、血に刻まれている」――その意味はまだはっきりとはわからなかったが、自分が何か大きな力に巻き込まれつつあることだけは確信していた。孤児院の静かな日々とはかけ離れた、未知の運命が彼女を待っている。
やがて、リリアナは森を抜けて石造りの小さな建物の前にたどり着いた。苔むした石壁が長年の時を物語っている。建物の入り口は半ば崩れ落ちており、明らかに誰も住んでいないことがわかる。それでも、彼女は何かに導かれるように、その中へと足を踏み入れた。
建物の中はひんやりとしており、空気は重く淀んでいた。床には割れた陶器や朽ち果てた家具が散乱しており、かつてここが人々の生活の場であったことを物語っていた。リリアナは静かに歩き回りながら、何か手がかりを探すように目を凝らした。
すると、彼女の視線が一枚の古びた絵画に留まった。埃に覆われたその絵は、かつての王国の風景を描いているようだった。遠くにそびえる城、壮大な山々、そしてその中心に立つ一人の女性――リリアナはその女性の姿に見覚えがあった。
「この人は……」
彼女の脳裏に、記憶の断片が浮かび上がった。幼い頃に誰かから聞かされた昔話、その中に登場した伝説の女性――彼女は、この国を統治していた貴族の血筋に連なる者だったのかもしれない。だが、どうしてその伝説の女性が、自分の頭の中に浮かんだのか、リリアナはわからなかった。
その瞬間、背後から微かな物音が聞こえた。リリアナは驚いて振り返ると、影の中から一人の男が現れた。彼は黒いコートをまとい、鋭い眼差しでリリアナを見つめていた。
「ここは、危険だ」
その男の声は低く、しかし威圧感があった。リリアナは動揺しながらも、男の存在に対する警戒心を隠そうとした。彼は一体誰なのか?なぜ自分をここに導いたのか?リリアナの頭の中には疑問が次々と浮かんだ。
「あなたは……誰?」
リリアナは声を震わせながら問いかけた。男はゆっくりと彼女に近づき、鋭い眼差しを和らげることなく答えた。
「私の名はカスティエル。この国の真実を知る者だ。お前も、その真実を知るべき時が来たのだろう」
リリアナはその言葉に息をのんだ。「真実」とは何を意味するのか?そして、この男は何者なのか?彼女は恐れと好奇心が入り混じる感情の中で、さらに問いかけた。
「私に関係があるの?私はただの孤児で、何の力も持っていない。ただ、手帳に書かれていた言葉に導かれてここに来ただけ……」
カスティエルはその言葉を聞くと、短く笑みを浮かべた。
「ただの孤児?それが本当にそうだと思っているのか?お前の血には、この国の未来を左右する秘密が刻まれている。だが、その力を使うかどうかはお前次第だ」
リリアナは困惑した。自分が何者であるかはわからないが、ただの孤児だという確信が揺らぎ始めた。カスティエルの言葉は、彼女の心にさらなる疑問を投げかけていた。
「どうして私がそんなことを……?」
カスティエルはリリアナの前に立ち止まり、真剣な表情で彼女を見つめた。
「お前の中には、この国を揺るがす秘密が眠っている。その鍵を握るのは、お前自身だ。だが、その力を使うかどうかは、お前の選択にかかっている」
リリアナはその言葉を聞きながら、自分の中に眠る何かが少しずつ目覚めていくのを感じた。手帳に書かれていた言葉、そしてカスティエルの言葉が、彼女の運命を確かに変え始めている。だが、その運命がどのような形で訪れるのか、彼女にはまだ見えていなかった。
「お前がこの国を救うのか、それとも破滅へと導くのか――それを決めるのはお前自身だ」
カスティエルの言葉は、リリアナの心に深く突き刺さった。自分の選択が、この国の運命を左右する――その重荷を感じながらも、リリアナは決意を固めた。
「私は、この国の真実を知りたい」
リリアナは静かにそう答えた。彼女の瞳には、以前とは異なる光が宿っていた。何が待っているのかはわからないが、彼女はその真実に立ち向かう覚悟を持っていた。