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戦闘開始  作者: Rukasa
始まり
1/3

1.忘れられた令嬢

薄暗い廊下に足音が響いていた。その音は、古びた木造の床を軋ませながらも、静かで抑えられていた。リリアナは無言のまま廊下の奥へと進んでいた。歩く姿は影のように軽やかで、まるで存在を消そうとしているかのようだった。


彼女の姿は、孤児院の他の子供たちとは明らかに違っていた。長くしなやかな黒髪は腰まで届き、歩くたびにシルクのように艶やかに揺れた。光が差し込む窓からのわずかな光は、その髪を青白く照らし、まるで月明かりに包まれたかのような神秘的な輝きを与えていた。彼女の顔立ちは、彫刻のように整っており、高く引き締まった頬骨、鋭い瞳、そして薄く引き締まった唇が、冷たい美しさを漂わせていた。その瞳は、灰色がかった冷ややかな光を宿し、まるで人の感情を見透かすかのような鋭さを持っていた。


しかし、彼女の表情には感情の色は一切浮かんでいなかった。孤児院の他の子供たちが遊んでいる姿を目にしても、リリアナは微笑むことはなかった。ただ淡々と、まるでその場に存在しないかのように過ごしていた。その無表情の背後には、誰にも触れさせない強い決意が隠されていた。


孤児院そのものも、リリアナの存在を引き立てる背景として静かに佇んでいた。高い天井、ひび割れた壁、曇りきった窓ガラス――この建物は、かつての温もりを失い、冷たく閉ざされた空間へと変わり果てていた。石造りの壁は湿気を含み、常に冷たい空気が漂っていた。外の世界から切り離されたこの孤児院は、時間さえも忘れ去ったかのようだった。


リリアナはゆっくりと廊下を進む。彼女の足音は床に吸い込まれるように消えていき、その動きは無駄のない静かさを帯びていた。歩みは軽やかで、まるで床に触れることなく滑るように進む。彼女は時折立ち止まり、何かを感じ取るかのように周囲を見渡したが、その表情には何の変化もなかった。彼女の瞳には、恐れも焦りもなく、まるですべてを見透かしているかのようだった。


その日、リリアナは孤児院の奥にある地下室へと向かっていた。そこは、長い間誰にも使われていない場所だった。木の扉を開けると、埃が舞い上がり、薄暗い光の中に浮かび上がった。地下室は湿気と冷気が漂い、重々しい空気が充満していた。しかし、リリアナは迷うことなく、その空間に足を踏み入れた。


薄暗い光の中で、彼女は古びた手帳を見つけた。革の表紙は使い込まれており、その表面には見覚えのない紋章が刻まれていた。彼女は手帳をそっと開き、中に書かれている文字を目で追った。かすれたインクで書かれた文字は、長い年月を経てかすんでいたが、重要な意味を持っていることがわかった。


「国を揺るがす秘密は、血に刻まれている」


その言葉を目にした瞬間、リリアナの心にかすかな震えが走った。それは、彼女がこれまで感じたことのない感覚だった。まるで、自分の中に眠っていた何かが目を覚ましたかのように。そして、その何かが彼女を新たな道へと導こうとしていた。


リリアナは手帳を閉じ、再び無表情なまま地下室を後にした。しかし、彼女の歩みには、先ほどとは違う力が込められていた。外の世界では、彼女が知らないうちに運命が動き出していたのだ。


彼女が持つ秘密の重さにまだ気づいていないリリアナは、静かに、しかし確実に新たな道を歩み始めていた。


リリアナは手帳を閉じた後も、その言葉が頭の中で何度も繰り返されていた。「国を揺るがす秘密は、血に刻まれている」――その一文は、彼女の心の奥深くに何かを突き立てたように感じた。何かを忘れている。何かを知らない。しかし、その何かが彼女の未来を大きく変える予感がした。


孤児院の廊下に戻ったリリアナの足取りは、今朝とは異なっていた。外見は変わらない冷静さを保ちながらも、内面では揺れ動く感情が渦巻いていた。長い間、自分が誰なのか、なぜここにいるのかを深く考えることはなかった。だが、この手帳が自分に投げかけた疑問が、彼女を無視できない状況へと追い込んでいた。


廊下を進む彼女の影は、長く引きずられるように揺れている。孤児院の窓から差し込むわずかな光は、彼女の顔を青白く照らしていた。リリアナは無意識に歩みを早め、孤児院の中でも最も人けのない一室に向かった。その部屋は、彼女が孤独を求めたときによく訪れる場所だった。古びた木の扉を押し開けると、冷たい空気が彼女の顔に触れた。


部屋の中には、かつての住人が残したものであろう、埃をかぶった家具や本が無造作に置かれていた。リリアナはその中の一つ、ひび割れた窓の近くにある木製の椅子に座り込む。手帳を膝に置き、その表紙を指でなぞりながら、深い思索に沈んでいた。


「私は、何者なのか……」


誰にも口に出すことのなかったその問いが、初めて彼女の唇を通して外に出た。リリアナは幼い頃から孤児として育てられ、親や過去について何も知らされてこなかった。彼女は孤児院の他の子供たちと同じように見える存在だが、心の奥ではずっと違和感を抱えていた。自分の血に刻まれた秘密とは何なのか?その答えは、この手帳が示しているのだろうか?


リリアナの思考はぐるぐると回り続けた。孤児院の冷たい静寂が、彼女の心の中にさらに深い孤独を引き起こす。だが、突然、彼女の背後に何かの気配を感じた。微かな足音、誰かがこの部屋に近づいている。


リリアナは素早く立ち上がり、足音の主に気づかれぬよう影に身を潜めた。扉が静かに開き、足元に長い影が伸びる。現れたのは、孤児院の管理人である老女、エリスだった。エリスは何かを探しているようで、部屋の中をきょろきょろと見回しながら、ゆっくりと歩き回っている。


リリアナは息を潜めながら、エリスの動きをじっと見つめた。エリスは孤児院の全てを知っているかのように思えたが、実際には誰にも心を開かない謎めいた存在だった。彼女はしばらく部屋の中を歩き回った後、棚の上にある古びた本を手に取り、埃を払うように指でなぞった。そして、つぶやくように何かを口にした。


「また、あの子が……」


リリアナはエリスの言葉に耳を澄ませたが、それ以上の内容は聞き取れなかった。エリスが部屋を去ると、リリアナはその場に座り込み、さらに困惑した。彼女が何かを知っているのか?自分が何者であるかを知るためには、エリスが鍵を握っているかもしれないという考えが、彼女の中に生まれた。


だが、その夜、さらに不気味な出来事が起こった。


深夜、孤児院全体が静寂に包まれた中、リリアナは突然目を覚ました。窓の外から聞こえるかすかな音。木々のざわめきかと思ったが、それはどうやら違う。誰かが外で動いている。彼女は寝床を出て、薄暗い部屋を抜け出し、音のする方へと足を運んだ。


外の庭には、黒い影が一つ、動いているのが見えた。リリアナはその影を追うようにして、庭の端まで歩いた。そこには、以前から閉ざされていた古びた門があった。しかし、その門は、今は半ば開いていた。


その瞬間、リリアナは何か大きなものに引き寄せられているような感覚に襲われた。彼女は心の中で、ここから一歩踏み出せば、これまでの生活が大きく変わることを感じていた。そして、その変化は決して穏やかなものではないことも理解していた。


リリアナは、門の向こうに何があるのかを確かめる決心を固めた。そして、彼女は静かに門を抜け出し、暗闇の中へと歩き出した。

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