8. 王子の秘密
父に幼い頃から口付けは破廉恥だからしてはいけないと教えられてきたのに慣れておかなくてはならない物だなんて知らなかった!!と考えながら足早に玄関ホールに向かうビオラ嬢だったが長いドレスのせいで足がもつれて倒れてしまった。
「うっ…踏んだり蹴ったりですわ。」
「ビオラ!大丈夫かい?!」
手を差しのべるライト王子の手に自分の手を添えて立ち上がるとライト王子の顔を見上げた。
「えぇ…ありがとうございます。」
「あっ…」
「どうしましたの?」
「美しい君に似合う靴が壊れてしまったみたいだね。」
足元を見ると靴の飾りが取れてしまっている。
「本当ですわ!折角のお気に入りの靴でしたのに…」
「職人を呼んで直して貰おう。とりあえず代わりの靴を持ってくるから靴を脱いで待っててくれるかい?」
「わかりましたわ。ありがとうございます。」
去っていくライト王子を見ながらビオラは壊れた靴を眺めて、この靴を買った時の事を考えていた。
これを買ったのはライト王子とのデート中に靴が壊れてしまった時、ライト王子が歩きやすくて上質な靴で有名な靴屋で靴を買い、アクセサリー屋さんで幸運を呼ぶという言い伝えのあるクローバーのブローチを縫い付けて貰った特段に思い入れのある靴だった。
「ライト王子は覚えていらっしゃるのかしら…。」
「勿論、覚えているさ。」
「うひゃあ!!び、びっくりしました…。」
ひょっこり後ろから現れたライト王子にドキドキしながら後ろを振り向くと、手には新しい靴を持っていた。
白くてシンプルだが美しいレースが施されている。
「わぁ、綺麗なレースの付いた靴ですね。」
「実は美しいレースで作ったドレスとセットにするために用意していたんだ。」
「へぇ〜!こんなに美しいレース初めて見ましたわ。」
「ドレスもまた今度君に贈るから楽しみにしていてくれ。」
「ふふっ、ありがとうございます。」
王子はビオラ嬢の前に回り込むと跪き隠れている足を出す為ドレスを少しだけ捲った。
「や、は、破廉恥ですわ!」
「あ、すまない。確かに軽率だった!メイドを呼んでこよう。」
王子は少し赤くなって慌てて手を離したが、ビオラ嬢は逆に王子の服の裾を掴んだ。
「どうしたんだい…?」
「いつもこんな事言ってごめんなさい…。」
「嫌な事を嫌と言うことは悪いことじゃ無いさ。」
優しくそう言って頭を撫でると再びメイドを呼ぼうと歩き出す王子を再び服の裾を掴んで呼び止めた。
「待ってくださいませ!嫌なのではありませんわ。…恥ずかしいのです。」
「僕はビオラに恥ずかしい事を強要したりしないよ。」
「いえ、私………どんな事もライト王子と乗り越えたいのです。慣れていきますから…他の女性の元にふらふらしないでくださいませ。」
そう言って泣き出すビオラにオロオロしだす王子。ポケットからハンカチを取り出してビオラの涙をそっと拭った。
「すまない…。平気なふりをする君に甘えていたようだ。また君とはゆっくり話をしたい。とっても大切な話だからまた場所を改めて話そう。」
「っ…わかりました。」
「それじゃあメイドを呼んでくるから待っていてくれるかい?」
「メイドを呼ばなくても自分で履けますわ。」
そう言って自分でシュパッと履く姿を見て、王子は笑った。
「足の怪我などもついでに診てもらおうかと思ったけど…その様子だと大丈夫そうだね。」
「えぇ、靴は壊れてしまいましたが怪我はしておりませんわ。歩きやすい靴にしていただいていたおかげです。」
「それなら良かった。それも同じ靴屋だから歩きやすいだろう?」
「えぇ、とっても!」
そう言ってくるりと回って見せるビオラ嬢はとても嬉しそうだった。
「前に靴を買った時もそうやって回って見せてくれたね。」
「えぇ、とっても嬉しかったんですもの。壊れてしまいましたが大切にしていましたわ。」
「形あるものはいつか壊れてしまうものさ。だけど僕との思い出を大切にしてくれて嬉しいよ。」
そう言って王子がビオラの手に口付けをすると、ビオラ嬢は顔を赤くしつつも何も言わずに顔を手で覆った。
その時メイドがそそくさと靴を持って現れた。
「もうできたのかい?ありがとう。」
「わぁ!ありがとうございます。」
「さて、折角新しい靴を履いたけど…履き直すかい?」
「いいえ、今日はそのまま履いて帰りますわ。」
「それじゃあこの靴は馬車で君と一緒に送ろう。」
「ありがとうございます。」
こうして用意された立派な馬車に二人で乗り込んだ。
馬車はガタゴトと音を立てながらビオラ嬢の家に向かった。
王子はカーテンをそっと閉めた。
「ビオラ嬢…先程玄関ホールで言っていた話があるんだ。」
「は、はい…。」
「僕は後継者争いに巻き込まれない為にあちこちの女性に声を掛けてふらふらしているけど…実はそれだけでは無いんだ。」
そっと顔を近づけた王子にビオラはびっくりしたが、大切な話なんだとビオラは気づき耳を近づけた。
「僕はある日予知夢を見たことがあるんだ。」
「え…予知夢?」
「最初の予知夢は君と出会う前、君とあの頃に出会わなければ君はメイドとなって僕と会う運命になっていた。」
「……確かにあのままだと家を出るしか安全な方法はありませんから、そのようになっていたかもしれませんわね。」
昔を思い出しながら遠い目をするビオラに王子は衝撃的な発言をする。
「そして忠実なメイドの君は僕を庇って暗殺者に殺されてしまったのさ。」
「!」
「後から分かったが僕がビオラを気に入り、ずっと側に置いていた事に嫉妬した令嬢が君への暗殺者を送っていた。僕への暗殺者に見せかけて忠実な君を狙った暗殺者だったんだ。そうでなければあの場で僕も殺されていると思う。」
ガタゴトと馬車の音がうるさいはずなのにビオラは自分の唾を飲む音がはっきり聞こえるぐらい緊張した。
「だから僕は幼い君を全力で助けたんだ。今は周りに複数の女性との関係をアピールする事で狙われなくなるんじゃないかと思っているよ。」
ガタンッと馬車が止まった。どうやら到着したようだ。その途端に真面目だった顔がいつもの余裕な笑みに変わった。
「今、準備を進めているけどそのうち城で一緒に住むことになるから、君も準備しておいてね!」
「えっ!?」
「詳しくはまた今度話そうか。それまでは家族や友達にも秘密だからね。」
そう人差し指を口に当てて言いながら家までエスコートして王子は帰って行った。ビオラは荷物をまとめたりするなら家族にはバレてしまうのは王子もわかっているだろうから秘密なのはさっきの馬車の中での話だと考えながら家に帰った。