6. 恋する令嬢
もう皆さん忘れ去られているであろう。冒頭でライト王子を叩いた小柄なシエル嬢である。
シエル嬢は両親が亡くなり、あまり美人でもないシエル嬢は好きでもない身分の低い貴族の男と結婚して慎ましやかに暮らしている。
「姉上、またライト王子から手紙が来ていますよ。」
「見たくもないわ。私は結婚しているのよ。他の男性からの手紙なんて受け取れないわ。」
そう言いながら、振り返りもせず繊細で美しいレースをチクチクと編み続けた。
「ライト王子は悪い噂も多いですが、会って話すとナルシストですが悪い男ではありませんよ。」
「男にはそうでしょう。私には違うかもしれないわ。他国で女性と一晩お過ごしになったとの噂もあるしね。」
何もされていないのにどうしてここまで王子を毛嫌いしているのかさっぱり理解できなかったが、ある一つの結論が出た。
「姉上もしかして……ライト王子が好きなのでは?」
「なっ!ち、違うわよ!」
「結婚されているから自制しているのでは無いですか?」
「も、もういいから手紙は返してきて!」
「姉上……分かりました。」
そう、弟の指摘通りシエルはライト王子を愛していた。
美しく輝く髪、とろんと垂れた優しい眼差し、しなやかな指先、女性に優しく甘い言葉をかける仕草まで全てが完璧!
シエルは美しいものが好きで趣味でレースを編んだり、仕事では香水を作ったりしている。
美しいライト王子が口説きに来たら我慢出来なくなってしまいそうだった。それに香りもとても素敵でどうにかなってしまいそう。
本当はライト王子にメロメロであった。
「ふぅ…。でもそんな事じゃダメ。」
彼女は浮気をすれば夫に捨てられる事も、捨てられた後の道は無いことも知っていた。
それに結婚しているのだからしっかりしないといけないので気丈に振る舞っているのだ。
前は恥ずかしさのあまり叩いてしまったけれど、罪人になっていないのは王子が優しいおかげである。
「しっかりしなきゃ。次会った時は謝らないと。」
手紙で謝罪すると証拠として残ってしまう為、直接会って謝罪をしなくてはいけなかった。
しかし、直接会って話をするとなると気丈に振る舞っていたものが崩れてしまいそうで怖かった。思い出すだけでも王子の香りがほのかにするような気がするのに。
「はぁ…どうしよう。」
「姉上、王子が直接来られましたよ!」
「えっ!」
シエルが慌てて庭に出るとそこには微笑むライト王子がいた。香りは幻想では無かったのだ。
「手紙を読んでもらえないから来てしまったよ、シエル嬢。」
「…とりあえず中庭でお話しましょう。」
シエルが中庭まで案内すると王子は優雅に椅子に座った。なんて美しいのかと目で追ってしまう自分に気づいて慌てて目をそらす。
「このテーブルクロスはとても美しい刺繍とレースが施されているね。どこのブランドだい?」
自分が編んだ美しいテーブルクロスを美しい王子が手に持つ姿に思わず感動するシエルだったが、顔には少しも出せずすまし顔で答えた。
「えぇ、それは私が趣味で施したものです。」
「そうなのかい!?君は美しいだけでなく美しいものまで生み出せてしまうんだね。」
そうして手を握られたシエルはすまし顔が崩れ、この先に言われた事など頭からすっぽり抜け落ちてしまった。
影からこっそり見ていた弟は「やっぱり。」と呟いた。