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第6話 左マドンナ、右カノジョ

 家に帰った後、俺は居間で真帆に事情を説明した。流石に彼女に何も言わずに他の女とデートするわけにはいかないからな。


「……というわけで、明日優菜と駅前で待ち合わせなんだ」

「ふーん、そう」

「お、怒ってるのか?」

「……別に」


 ヤバい、珍しく真帆がお怒りだ。なんだかいつもよりツインテールが逆立っている気がするし、ほっぺもいくらか膨らんでいる。やっぱりまずかったか。


「すまん、断り切れなかった俺が悪い。今からでも優菜に連絡を――」

「……そこじゃない」

「へっ?」

「そこじゃないよお兄ちゃん」

「な、なんだ?」

「私と練習してるのになんで三振しちゃったの!!」


 そっちかよ!? どうやら真帆は彼氏が他の女とデートするよりも三振に打ち取られる方がよっぽど嫌らしい。なんというか、ある意味安心したというか……。


「とにかく、明日優菜と会わなくちゃいけないんだ」

「ねえ、私も行っていいでしょ?」

「え?」

「折角なら私も優菜さんと遊びたいなー」


 少し驚いたが、真帆の提案は悪くないものだった。駅前で待っているとは言われたが、一人で来いとは言われていないもんな。


「分かった、一緒に行くか」

「うん!」

「お前がついてきてくれるなら助かるよ。じゃあ、俺は風呂入って寝るから」


 俺は立ち上がり、風呂場に向かって歩き出そうとする。が、後ろから呼び止められた。振り向いてみると、そこには満面の笑みを浮かべた真帆。


「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん」

「へ?」

「お兄ちゃんにはみっちり()()が必要みたいだね」

「ちょ、本気か?」

「ほらあ、お庭行くよ!」


 真帆はバットを持ってきて俺に手渡した。俺は手を引かれるまま庭の方へと連れ出されていく。とほほ、疲れてるってのに勘弁してくれよ――


***


 そして、翌朝。俺は言われた通りの時間に駅前へと向かう。今日の真帆は頑張っておめかししており、黒のトップスに青いジャケットを羽織っていた。それでも気恥ずかしいのか、俺の背後に隠れるようにして歩いている。


「そんなに恥ずかしがることないだろ」

「でも、ちょっと……」

「なんだよ、せっかく可愛いのに」

「ほ、ほんと?」

「ああ、もっと自信持てよ」


 真帆は顔を赤くしながら、俺のシャツの裾をつかんでいた。いつもはどんと構えていることが多いけど、こんな殊勝な真帆を見るのは珍しいかもしれんな。そういや最近真帆と出かけることも少なかったからな。コイツはコイツで俺とのデートを楽しみにしているのかもしれない。おっと、そろそろ駅に着くな。


「待ってたわよ、二人ともー!」


 その時、優菜の声が聞こえてきた。白いワンピースに身を包んでおり、やはり周囲とは明らかに違ったオーラを放っている。ちなみに真帆が来ることは昨日の夜に連絡しておいた。てっきり嫌がられるかと思ったが、意外にも優菜はあっさり了承してくれた。


「悪いな、妹まで来ちまってよ」

「ううん、いいのよ神谷くん!」

「ほう?」

「だって、いずれ真帆さんは私の妹になるんだから!」


 優菜は堂々とした口ぶりで宣言した。その有り余る自信が周囲に伝播して、通行人の視線がこちらに集まってくる。……いや、勝手に婚約したことにしてほしくないんだが。


「おい、お前と結婚するなんて一言も言ってないぞ」

「えー、ひどいわ神谷くん!」

「当たり前だ、勘弁してくれ」


 俺ははあとため息をついた。このテンションの女と一日中デートしないといけないのかよ、今日も大変な日になりそうだ。そんなことを考えていると、優菜が不思議そうな顔でこちらを覗き込んできた。


「神谷くん、私とデートだっていうのに元気ないわね」

「ああ、昨日の夜にちょっとな」

「あら、どうしたの?」


 真帆とソフトボールの練習を――と言いかけたところで、俺は少し意地悪な返答を思いついた。そうだ、あくまで俺には真帆という彼女がいる。優菜が調子に乗らないように釘を刺しておかないと。


()()と一晩中身体を動かしていたもんでよ」

「か、神谷くん……」


 優菜の顔はみるみる青くなっていたが、一方の真帆は首をかしげていた。どうやら意味が分かっていないらしい。良かった、純粋な妹で。


「まあ、そんなわけだ。今日のことは彼女にも話してあるから、安心してくれ」

「へ、へえ……。わ、分かったわ……」


 マドンナ様の顔は明らかにひきつっていた。よしよし、これで安心だ。コイツには気の毒だが、あくまで俺は彼女持ちだからな。


 奇妙な顔つきの優菜と不思議そうな面持ちの真帆を引き連れ、俺は電車に乗りこんだ。優菜は数駅先のところにあるショッピングモールに行きたいらしい。まあ、高校生がデートするならそういうところだよな。


「ねえ、あの人……」

「まさかあ、違うでしょ」


 左隣の優菜と右隣の真帆に挟まれて座っていると、周囲がひそひそと話しているのが聞こえてきた。どうやら優菜の正体に気づかれたらしい。女優だし、知っている人がいてもおかしくはないのか。俺はそっと優菜に耳打ちする。


「なあ、変装もしないで大丈夫なのか?」

「いいのよ、神谷くん」

「なんで?」

「今日の私は女優・近藤優菜じゃない。あなたに恋する女の子だわ」


 優菜は茶目っ気たっぷりにほほ笑んだ。俺は思わずドキリとさせられてしまう。やっぱり綺麗な顔をしているなあ。……こんな奴が、なんで俺なんか。


「……お出口は右側です。本日もご乗車いただき……」


 気がつくと、目的の駅に到着していた。俺たちは慌ただしく電車を降り、ショッピングモールへと歩を進めていく。優菜と真帆が楽しげに会話を交わしているのを、俺は後ろから眺めていた。


「優菜さん、そのワンピース綺麗ですね」

「でしょう? 今日のために買ったんだから!」

「えっ、すごい!」

「新品おろしたてよ! 神谷くんのためだから当然ね!」


 こうしてみると、なんだか本当に姉妹みたいだ。正直、真帆が彼女であることを隠しているのは優菜に申し訳ない気もする。けど妹が彼女だと知って、果たして優菜は祝福してくれるだろうか。俺はいいが、真帆が傷つけられるようなことになってはいけない。その前提がある以上、優菜に打ち明ける覚悟は出来ていなかったのだ。


「お兄ちゃんなに立ち止まってるのー?」

「ほら神谷くん、行くわよー!」


 二人の声でハッとして、俺は再び歩き出す。とりあえず今は、この二人と楽しくデートが出来ればそれでいい。……そう思っていたのだが、俺たちのデートはなかなか奇想天外な方向へと進んでいった――

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