車窓はフィルムの如く
「次の日曜日は映画館に行こうか…」
「…うん」
電車に揺られながら、休日の予定を話し合う。
窓より柔らかな夕陽が差し込むなか、流れゆく車窓を眺めた。
「スノモト〜スノモトです。」
少しずつ席が空いていく、
彼女の目の前がポッカリ空いた。
「座る?」と聞いてくれた彼女に
「大丈夫…座って」と席を譲る。
ポッカリと生じた空白に腰を下ろす。
一息ついた後、彼女は顔を上げ優しい声で尋ねる。
「荷物持とうか?」
「うん、お願い…」
荷物が入った紙袋をゆっくりと差し出す。
頼り無げでもゴツゴツとした、
僕の拳に穏やかで柔らかな手が重なる。
暖かな手を交錯させ紙袋を手渡す、
心が一層に通ったように感じられた。
「テンドウヨンチョウメ、
テンドウヨンチョウメです。」
あれから3駅ほど進んだ。
少し疲れていた彼女は俯いて休んでいる。
僕の方は車窓の流れる光景を見つつ、
時たま座席に目線を落とす。
その容貌はどこを取っても繊細で
柔らかなラインで構成されている。
世界で一番美しくて愛おしい、
正しく生ける芸術品だと改めて感じさせられる。
少々熱い視線を送りすぎただろうか
上目遣いで僕を見つめた。
視線と視線が絡み合い、互いにはにかむ。
瞬間、車内は2人だけの空間に
変わったように感じられた。
鉄路を走る物音や振動しか感じられず、
他には何もない空間のように…
「ミナミガハラ〜ミナミガハラです。」
ゾロゾロと人が降りていく、
あんなにいっぱいだったのが嘘のように
席が空き始めた。
運のいい事に彼女の隣にも空席ができたので、
ゆっくりと腰を下ろした。
「持っててくれてありがとう、また持つよ」
彼女の耳元で囁いた。
「…うん…お願い…」
紐をしっかりと結んだ右手を
ゆっくりとこちらに伸ばす。
僕は左手でそれを迎えた。
ゆっくりと彼女の指が紐から解けていき、
僕に紙袋を受け渡した。
その動作の美しさに思わずドキッとさせられた。
「サカシタモトマチ〜サカシタモトマチです。」
とうとう立っている乗客はいなくなり、座る人も一つのシートに2、3人程度となった。
眠っているわけではないのだが、彼女は僕の右肩に
その身を預けている。
僕の体に沈み込み、包んでしまうような感覚に心臓の鼓動が抑えられそうになかった。
幸せとはこの事を言うのだという実感が湧いてくる。
しかし、やられっぱなしでは少々悔しい。
だから、僕は体を右側に傾け、右手を紙袋から離し、彼女の左手に指を絡ませて繋いだ。
するとどうだろう、
胸の高鳴りが聞こえてくるようだ。
「どうだ!」と思う一方、
僕の方もすごい速さで脈打っている。
結局はやられっぱなしというわけだ。
そんなことを考えていると、
またあの空間が現れたような気がした。
まるで映画のワンシーンのようだ。
美しく、叙情的で、ウットリするようなシーンだ。
そんな事お構いなしに列車は
終点に向かって走り続けている。
この細やかな幸せが続いてほしい、
そんな想いとは裏腹に…
end