そして、その扉は開かれる ⑨
「パラレルワールドとは、ある世界がどこかの時点で分岐し、同じ世界が並立するということだろう」
「だが、ここはその要素が足りていない」
「つまり、これはパラレルワールドではない」
「もっとも、並立するふたつが同じ世界を構成し続けるにはその世界に存在すべての人間が同じ思想のもとに同じ行動をしなければならない」
「たとえば、あの建物。最低でも同じ依頼主、同じ設計者がいなければならない。別の人物が同じ役割を演じてもいいように思えるが、そうではない。そうなると、その代わりを演じた者がおこなっていたことを代わりに演じる者が必要になる。それがその建物の維持管理をおこなう者についても同じことがいえる」
「世界を構成する者たちの変更が一切許されない。それに付属する要素も同じ。天候、起こる天災もすべて同じ。そうでなければ必ず変化が起こるからな」
「では、分岐したそこがこの世界のスタートとすればいいのか?」
「もちろん違う。なぜなら、現在は過去があって初めて成り立つ。過去がないまますべてがあったとき、それをどうやって説明するのだ?」
「パラレルワールドとは全くもって気持ちの悪い世界だな」
博識の猫はそこまで一気に喋った。
もちろんそれが本当に正しいことなのかは玲子にはわからない。
だが、この猫が言いたいことはなんとなくわかる。
まあ、それはそれとして……。
あまりにも難解な話なので、なかったことにした玲子が口を開く。
「では、ここは何?」
そう。
今の玲子にとってここがパラレルワールドかどうかなどどうでもいいのだ。
「ふん。いきなりそれか」
質問事項が悪かったのか、それともまだまだ喋り足りなかったのかはわからないが、とにかく、猫は不機嫌そうにそう言った。
そして、そのお返しのようにこう言う。
「わからんか?」
「わかりません」
「まあ、わかっていたら、質問はしないのだから当然か……」
猫はわかったような、わからないような、妙な独り言を口にしてから、玲子を見上げる。
「おまえがいた世界を模造、コピーしたもの。いわばジオラマだな。これは」
「知っているか?ジオラマというものを」
「当然でしょう」
馬鹿にするようにそう言った黒猫に薄い胸を張って言い返したところで、玲子は考える。
たしかに状況を考えれば、目の前に光景を表現するにはその言葉にふさわしいものではある。
ジオラマというには巨大すぎるのだが。
「それで、この巨大なジオラマを誰がどうやってつくったというの?猫さん」
「決まっているだろう。奴が魔法でつくったのだ」
「奴?」
「私のパートナーでもある、おまえに飴玉をくれたあの男だ」