そして、その扉は開かれる ④
注文したコーヒーがやってくる間、玲子は改めて店内を見渡す。
客層はといえば……。
ミニスカートの眼鏡女子高生目当てに鼻の下を伸ばした男どもが多いかといえばそんなことはない。
では、マスター目当ての女性が多いのかといえば、それも違う。
もしかして、この店は何代も続く素晴らしきコーヒーの味に魅了された高貴な方々が常連として通う店なのだろうか。
そうなると、落ち着き払ったこの店に浮きまくる修代のあれは異物でしかない。
目障りだとクレームが来てもおかしくない。
次々と勝手な設定をつけ加えながら玲子の観察は続く。
そして……。
どうやら客にとって彼女は置物のようなもの。
それが玲子の結論だった。
ということは、彼女目当てにやってきているのは私だけかとコッソリと呟いたところで玲子は思い出す。
自分がここに来た目的を。
修代は単なるアルバイトとは思えない。
というか、私的にはそれでは困る。
ということで、玲子は修代の愛人候補を探し始める。
と言っても、すでに確定しているのだが。
彼女はマスター目当てでこの店で働いている。
決まりだ。
自らの願望だけで練り上げた結論に玲子が到達したところで、コーヒーを載せた盆を持った修代がやってくる。
芳醇な香りを纏った湯気が立ち上るコーヒーを置いたところで、修代は玲子の耳元でこう囁く。
「ところで……」
来た~。
その瞬間、玲子の妄想回路は驚くべきスピードで動き出す。
間違いない。
この後やってくるのは……。
マスターをどう思うか。
さて、それにどう答えたものか。
玲子が思案しかかったところで、修代の次なる囁きがやってくる。
「玲子さん。カウンターにあるものがわかる?」
「はあ?」
予想外の問い。
これはまさにそれ以外の何物でもない。
あなたが今聞くべきはその問いではないでしょう。
玲子は盛大に落胆する。
だが、問われたからには答えないわけにはいかない。
「もしかして、黒猫のこと?」
実はカウンターにあるものは他にもある。
だが、わざわざ問われるものといえば、それしかない。
そう勝手に判断し玲子は即答したのだが……。
「ちなみに、あれは本物だと思う?」
再びの問いは、黒猫は生きているかというもの。
おかしなことを尋ねるものだと思いつつ、玲子はそれに答える。
「本物でしょう。店に入ってきたとき確認にしたから」
「……なるほどね」
私の言葉に妙な納得をした修代は薄く笑い、それから「さすが彼の目は確かね」という、さらに意味不明な言葉を残して戻っていく。
そして、最後に背中越しにこのような言葉を投げかける。
「では、ごゆっくり。それから……」
「ようこそ、こちら側へ」
「はあ?」
だが、それを尋ねるべき相手は遥か遠くに去り、玲子の間の抜けた声はただ宙を漂うだけだった。