そして、その扉は開かれる ③
思わず口にした訳の分からぬ言葉。
自分で言ったにもかかわらず、その言葉のあまりのおかしさに顔を真っ赤になるものの、とりあえず少しだけ余裕を取り戻した玲子は、ここでようやく周囲を見渡す。
いかにもと言えるような店内は、テーブルが四つ。
それから、カウンター。
七つあるカウンター席のうちふたつが開いていたものの、玲子に座る勇気などあるはずがなく、唯一空いていたテーブルへとそそくさと向かう。
結構込んでいるのだなどとお店に対して大変失礼なことを思いながら。
「さて……」
メニューを眺め始めたところで、玲子のもとにこの日三度目となる災難がやってくる。
「わからん」
そう。
そこに記されているのは、某コーヒーチェーン店の呪文のような長い文字列とは対極の、豆の名前と金額だけという実にシンプルなもの。
いや。
さすがにこれはシンプル過ぎる。
「説明が足りないでしょう。絶対に」
小声で盛大に文句を言いながら、それを相手に伝えることができず悶々としていた玲子のもとに救いの神、ではなく、救いの女神がやってくる。
「とりあえずブレンドにしたらどうかしら?玲子さん」
どこかで聞いたことあるようなその声で相手に気づき、顔を上げ、睨みつけていたメニューからその人物に視線を移動させた玲子は驚く。
「聖護院さん……」
そこに立っていたのは聖護院修代だった。
しかも……。
「メイド服?」
思わず聞いてしまう。
普段の修代、というか、当然制服姿しか知らないのだが、学校での彼女は、誰も守らぬまま放置され、もはや化石化していると言っても過言ではない「スカート丈は膝下~」という校則を律儀に守る絶滅危惧種。
だが、現在の彼女はといえば、太ももの半分以上が露出するくらいに丈が短い黒いワンピースにエプロンといういかにもという姿。
ギャップがあり過ぎである。
心の声が滲み出した顔の玲子に、それとは対照的に誇らしげな表情の修代が声をかけてくる。
「一応言っておけば、これはメイド服ではなくウエイトレスの制服。かわいいでしょう」
「う、うん」
あの聖護院修代が自分の容姿がかわいいかを尋ねる。
見かけのギャップに負けないくらいの驚くべき問いかけに玲子は誘い込まれるようにそう答えた。
だが、これは勢いだけで事実は違うのかといえばそうではない。
今の彼女は地味の極致のような制服姿から想像できないくらいにかわいい。
さらに普段はその地味感の向上に多大なる貢献をしていた眼鏡でさえ、こうなるとかわいいアイテムとなっている。
ある世界に存在する萌えキャラが降臨したかのようだ。
色々な驚きが一度にやってきてしまい、「現在私は混乱中」と顔に書かれたクラスメートを興味深そうにしばらく眺めていた修代だったが、表情を少しだけ仕事モードに戻す。
「それで、ブレンドコーヒーでいいのかしら?」
「……うん」
喫茶店に来てその店自慢の組み合わせを楽しむ最高の選択と言えば聞こえはいいが、無難といえば、無難。
だが、コーヒーを味わいたくてここにやってきたわけではない玲子がその提案を拒むはずもなく、というより、何を選んでいいのかわからないのだ。
それ以外の選択肢がない以上、完璧な一択、当然の了承となる。
「では、お待ちを」
その言葉を残してすたすたと歩いていく修代の後ろ姿を眺めながら玲子は気づいた。
これが最近の彼女の変化、その原因なのだと。